判例紹介・登録抹消中の車両につき、他車運転補償特約の適用を認めたなかった事例(最高裁H29.6.30決定)

はじめに

他車運転補償特約とは

 運転免許を持っていると、他人の車を借りて運転することがあります。この場合、不慣れな車両の運転といった事情などで、交通事故に巻き込まれることもありえます。

 こうした事故の場合に、借りた車の保険の内容が不十分というケースがあります。最悪の場合には、無保険ということもあり得ます。他人の保険のことまで関与できないことが通常であり、こうしたリスクはどうしてもあり得ます。

 このような場合に備えて、自動車保険では、通常、「他車運転補償特約」という特約がセットされています。この特約により、「他人の車(他車)で起こした事故ではあるものの、自分の車で事故を起こした場合にように、自分の保険から相手方への賠償金などを支払ってもらう」という対応を受けることも可能です。

他車運転補償特約の趣旨

 他車運転補償特約が用意されている趣旨は、以下のとおりとされます。

  1. 車両を借用する場合にその都度所定のドライバー保険に加入することは煩雑である
  2. 借用した車両で事故を起こした場合に、保険適用による賠償を可能にして、被保険者を保護する
  3. 交通事故の被害者にも適正な賠償を可能にすることで、被害者を保護する

 このような趣旨もあり、他車運転補償特約は、自動車保険に自動的にセットされていることが通常です。要するに、自動車保険を契約すると、知らないうちに特約でついてきます。そして、特約の有無で保険料が変わるわけでもありません。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、他人の車を借用中に起こした事故につき、他車運転補償特約の適用を保険会社に求めた事案です(自保ジャーナル1994号118ページ)。

 最高裁まで判断を仰ごうとした事案で、結論が出るまでに相応の時間がかかっています。結論としては、保険の約款の解釈や、車両を借用した事情や事故に至るまでの具体的な経緯なども参照して、他車運転補償特約の適用を認めませんでした。

事案の概要

事故日 H25.4.5
事故態様 対向車との正面衝突
争点 他車運転補償特約が適用されるか(車両保険金の請求
裁判所の認定 他車運転補償特約の適用を認めなかった(高裁の認定)
最高裁の判断 上告審として受理せず
考慮要素 問題となった車両は一事登録抹消自動車であり、登録番号標等から保険適用を認めるかどうかの判断要素となる車両の用途や車種を特定できない
考慮要素2 臨時運行許可の目的を偽って申請している
考慮要素3 臨時運行許可の経路と異なる場所を走行中の事故だった
特記事項 地裁段階では保険適用を認めた(認容額は請求額の一部)

高裁判決の要旨

未登録自動車と他車運転補償特約の関係についての約款の評価

 被告は、約款に本件用語定義規定を置き、上記自家用8車種の定義における自動車の用途及び車種の区分を、原則として登録番号標等の分類番号及び塗色に基づき判断する旨を定めているところ、未登録自動車は当該規定に従い用途及び車種を判断することができない(自家用であるということができない。)。

 また、自動車の修理、販売等を業とせず、日常は自家用車である被保険自動車を運転している被保険者が、第三者から一時登録抹消自動車を借り、同車両の登録や検査を受けるために臨時運行の許可を得てこれを運行の用に供することは、自家用自動車保険の一般ユーザーにおいて必要とはいい難く、本件特約において想定される車両の運行とは言い難い。

 したがって、臨時運行許可を得た自動車であっても、未登録である以上、原則として自家用8車種の条件を充足することはなく、本件特約の適用は想定されていないというべきである。

臨時運行許可の申請状況の事情

 原告は運行の目的が、購入検討のため、本件車両を三重県D市内のDサーキットで走行させるためであるのにもかかわらず、「回送」(新規登録、新規検査又は当該自動車検査証が有効でない自動車についての継続検査その他の検査を申請するために必要な提示のために行われる。)と偽って申請し、臨時運行を許可されている。しかも、許可された経路は兵庫県G市から三重県D市までに特定されていたにもかかわらず、原告は、平成25年4月4日、大阪府H市内にあるB・H店で本件車両を借り受け、兵庫県G市内の自宅までこれを運転し、翌5日朝に自宅から本件車両を運転してDサーキットに行き、昼までサーキットを走行した後、奈良県I市内の勤務先に本件車両を運転して赴き、夜自宅に戻る際に本件事故を起こした。

自動車の運行状況と保険の想定についての評価

 原告が本件事故当時、臨時運行許可を取得して一時登録抹消自動車である本件車両を運行の用に供していたのは違法である上、その態様は、臨時運行許可の想定する運行を大きく逸脱するものであるが、自家用自動車保険の一般ユーザーにおいて、そのような場合についてまで、被保険自動車に対する保険条件を拡張適用することが必要とされているとは言えず、本件特約において想定される車両や運行とは異なるものである。

最終的な判断

 本件車両が本件特約の適用対象でないことは明らかであって、本件用語定義規定が「原則として」登録番号標等の分類番号や塗色に基づき判断するとし、例外を認める体裁になっていることを考慮しても、本件車両がその例外に当たるとは考えられない。

 として、他車運転補償特約の適用を認めなかった。

判決に対するコメント

約款の判断方法

 問題となっている事故に至る経緯について、あまり望ましくないような内容だったことは、高裁の認定が指摘するとおりです。

 他方で、保険の適否を認めるかどうかは、本来的には保険約款の解釈に尽きるというべきです。この判断について、高裁の判断では、以下の過程によっているように読めます。

  1. 約款上は、車両の登録番号標の分類番号と塗色により自動車の用途及び車種の区分を認定したうえで、保険適用の適否について判断することになっている
  2. 一事登録抹消されている未登録自動車の場合、登録番号標がなく、そもそもの判断ができない
  3. 判断ができない以上、原則として保険適用がなされる車両とはいえない
  4. 自動車の修理業などを行っていない一般人が、一事登録抹消されている車両を登録や検査のために臨時運行許可を得て走行させることは通常は想定されず、その際の事故につき、他車運転補償特約が想定するものとも解されない
  5. 臨時運行許可の内容が虚偽であることや、許可された経路外を運転させて事故を起こしていることに照らすと、他車運転補償特約を「適用させるべきではない」

 原則としては約款の文言の評価であることを貫きつつ、具体的な事情に照らして他車運転補償特約を「適用させるべきではない」と、価値判断も入っています。このような判断方法は、保険制度の趣旨にも戻ったうえでの評価といえます。

 判決中には明示されていはいませんが、被害者の人身損害に関する賠償の負担ではなく、車両保険の適用の請求であったということも、多少考慮されているのかもしれません。人身損害に関する問題でなければ、被害者保護という観点をそこまで考慮する必要もなくなると思われます。

 詳細は不明ですが、人身損害については車両の所有者の任意保険が使われたのかもしれません。

他の事例との比較

 原告が請求を立てる上で、ゴルフカートで事故を起こした場合にも、他車運転補償特約が使用されることがあるという保険の運用を指摘しています。登録の余地のないゴルフカートの事故でも保険が適用されるのだから、一時的に登録が抹消されていた車両の事故である本件についても、保険適用がなされるべきだ、という主張と解されるところです

 この点や車検切れ自動車の事故の場合につき、高裁判決では具体的な見解を述べています。同種事案で保険適用の可否を判断するうえでの検討方法として参考になると思われますので、要約して抜粋します。

事案 保険運用 考慮要素
ゴルフカートの場合 特約適用の余地あり 限定されたゴルフ場内の事故でのみ適用されると解するべき
車検切れ自動車の場合 特約適用の余地あり 運転者が車検切れ自動車と知り得ない場合がある
本件の場合 特約適用を認めず 臨時運行許可の車両であることは臨時運行許可番号標で容易に知りうる

補足

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交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例