判例紹介・自転車と歩行者の歩道での交通事故で、被害者の両眼失明等の訴えにつき、事故との因果関係を否定したもの(千葉地裁H28.8.30判決(H27(ワ)335号))

はじめに

 交通事故のなかで、自転車と歩行者の衝突類型があります。最近の自転車には走行性能が高いものも多く、高スピードにより歩道を通行しているケースもしばしば見られます。自転車が歩行者と衝突した場合には、その衝撃も大きくなりがちで、大きな損害につながることもあります

 今回紹介する裁判例では、自転車と高齢の歩行者(70歳男性)が衝突し、被害者である歩行者が失明などの重い後遺障害を負ったとの主張がなされています(自保ジャーナル1987号59ページ)。

 結論としては、事故による後遺障害の発生を認めていません。医師が後遺障害の残存を否定する診断書を出していたり、視力の変化が事故前後で有意な差がないことが重視されたものと解されます。また、被害者がもともと罹患していた糖尿病の進行による可能性も指摘されています。

 その他、過失割合につき、被害者のふらふら歩きなどを認定しながらも、被害者には過失はなかったと認定しています。以下では、判決文中の表記につき、適宜「被害者」などと変更を加えています。

事案の概要

事故日 H26.2.3
事故態様 自転車と歩行者の衝突(自転車運転者の肩と被害者が衝突)
通院期間 通院約3月
主張された症状 両眼失明、手指の用廃
裁判所の認定 後遺障害に該当しない
その他の認定 被害者(歩行者)には過失はない
その他の認定2 慰謝料など、被害者の妻の損害を認めない
考慮要素 被害者は糖尿病に罹患していた
考慮要素2 医師の診断書で後遺障害を否定
考慮要素3 視力の事故前後の差異は有意でないとされた

判決要旨

後遺障害の認定について

 被害者の治療に当たったB病院及びF病院の医師は、被害者に後遺障害が残存することを否定する診断をしている。さらに、視力の低下の点についていえば、本件事故前の平成25年9月5日の視力(右0.04、左0.06)及び本件事故後の平成27年1月26日の視力(右0.02、左0.04)は、いずれも自動車損害賠償保障法施行令別表第2第4級1号に該当し、視力の低下の程度は、同表の適用上有意な差が認められない程度のものである。

 その他被害者に後遺障害が残存すると認めるべき適格な証拠もなく、本件事故の前後において、被害者の心身の変化及びこれに伴う生活状況の変化があるとすれば、それは本件事故に起因するものではなく、被害者の糖尿病、糖尿病性網膜症等の進行によるものと考えざるを得ない。

 したがって、後遺障害慰謝料の発生は認められない。

過失割合について

 上記歩道は道路標識により普通自転車が通行できることとされているとはいえ【証拠略】、①加害自転車が上記歩道の中央から車道寄りの部分を徐行していたと認めるに足る的確な証拠がないこと、②加害者は本件事故発生前に反対方向から歩行してくる被害者の状況を認識していたところ【証拠略】、被害者が加害者の予想を超えるような動きをしたという事情は認められないこと、③加害者が自転車を一時停止させることにつき何らの支障があったとも認められないことからすれば、加害者主張の諸事情(自転車が前照灯をつけていたこと、被害者がふらふらと歩行していたこと、自転車の車体ではなく加害者の左肩が被害者に接触したこと、被害者がつえを携行せず、盲導犬を連れていなかったこと等)を前提としても、被害者には過失相殺として損害の算定に際して考慮すべき過失は認められないというべきである。

被害者配偶者(妻)固有の損害について

 詳細は省略、後遺障害の残存を否定し、交通事故による重大な損害がなかったことを前提に、被害者の配偶者妻固有の損害賠償義務を認めなかった。

判決についてのコメント

後遺障害の認定について

 医師の診断書で後遺障害を否定されているため、これを覆すのは相当困難だったと解されます。眼への衝突などが認定されればともかく、事故による直接の受傷もなかったようです。そうなると、失明の事実があったとしても、糖尿病の症状がもともとあったとされる状況下で、交通事故と症状との相当因果関係の認定を得ることは、容易ではないと解されます。

過失割合について

 歩道の事故で自転車が関与するものとなると、自転車に基本的な過失があることが前提とされているように解されます。自転車の一時停止が困難なく可能だったことを認定していることからすれば、街中で車道や歩道を縦横無尽に進むような危険な自転車の運転の場合、歩行者と衝突したとなれば、容易に過失割合の点で免責されないようにも思われるところです。

本判決の意義

 結論としては被害者の後遺障害を認めなかったものの、自転車による事故で、重い障害を前提に裁判闘争になりうることを示した事案といえます。自転車保険など、個人賠償責任保険に加入していない場合、自動車保険で加害者の損害賠償義務の支払いがカバーされるわけでもありません。個人が請求の矢面に立つことになり、賠償金額の支払い能力という点で、危険な状況に立たされるおそれもあります。被害者からしても、満足いく賠償を得られない危険があります。

 このような事案をみるに、自転車を愛用する人は、自転車保険に加入することを検討するべきといえます。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 35,310 35,310
通院費 52,450 52,450
通院付添費 23,100 23,100
通院慰謝料 730,000 800,000
後遺障害慰謝料 40,510,000 0
小計 41,350,860 910,860
弁護士費用 982,144 90,000
合計 42,333,004 1,000,860

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例