目次
はじめに
養育費と差し押さえの問題
離婚する夫婦に子どもがいる場合には、離婚時に養育費の合意をすることになります。この養育費支払いの合意につき、調停調書や強制執行受諾文言付きの公正証書を作成している場合で未払いになった際には、通常、裁判所に強制執行を申し立てることが可能です。
この強制執行により、養育費の支払い義務者が現に保有する財産を差し押さえることができます。他にも、養育費の場合には、給料などの定期的に受給される債権であれば、将来にわたって差し押さえることも可能です。
民事執行法第151条の2(扶養義務等に係る定期金債権を請求する場合の特例)
1項 債権者が次に掲げる義務に係る確定期限の定めのある定期金債権を有する場合において、その一部に不履行があるときは、第30条第1項の規定にかかわらず、当該定期金債権のうち確定期限が到来していないものについても、債権執行を開始することができる。
- 民法第752条の規定による夫婦間の協力及び扶助の義務
- 民法第760条の規定による婚姻から生ずる費用の分担の義務
- 民法第766条(同法第749条、第771条及び第788条において準用する場合を含む。)の規定による子の監護に関する義務
- 民法第877条から第880条までの規定による扶養の義務
2項 前項の規定により開始する債権執行においては、各定期金債権について、その確定期限の到来後に弁済期が到来する給料その他継続的給付に係る債権のみを差し押さえることができる。
差し押さえは万能ではない
勤務していない元配偶者の場合、給与債権がありません。このため、「将来の給与債権」などを差し押さえることは不可能です。
また、差し押さえは費用がかかります。今回紹介する裁判例のように、不動産の差し押さえをする場合には、東京地裁では原則60万円の予納金を支払う必要があります(裁判所によって若干の差異はあるようです)。このお金は、差押えをする不動産の鑑定費用などに使用され、強制執行で不動産が売れなかった場合でも返ってきません。昨今の不動産市場では競売しても実際に売却できないこともあるため、高額の予納金負担はリスクが大きいものです。
「仮」差押えはどうか
仮差押えという方法があります。これは、不動産などにつき、「仮に」差し押さえる方法です。これから金銭請求を裁判などで行うという場合に、相手方の財産が散逸してしまわないように、あらかじめ差し押さえをしておく場合に典型的に利用されます。
この手続きの場合は、「仮」ということもあり、東京地裁の手続でも、予納金が60万円まではかからない可能性が高いところです。また、「仮に」差し押さえておいて、将来債権が確定した時点で「本差押」に移行した時点で予納金が使用される筋合いのものです。このため、債務者の支払い状況に応じて仮差押えを取り下げて、予納金を回収するということも可能でしょう。
仮差押えは容易には認められない
仮差押えは、いつ本差押に移行するかもわからない、不安定な法律状態をもたらすものです。このため、容易には認められません。実際には、決定でも言及されているとおり、「権利保護の利益」が認められる必要があります。
実際には、強制執行受諾文言付き公正証書などの債務名義がある場合には、速やかに本差押が可能であるため、原則として仮差押えを認めるだけの「権利保護の利益」はないとされるようです。
紹介する裁判例について
今回紹介する裁判例は、養育費の権利者が、すでに未払いの養育費が存在する状況で、将来発生する養育費を被保全債権として、養育費の支払い義務者の不動産を仮差押えしようとした事案です(判例タイムズ1436号96ページ)。
なお、この不動産は、住宅ローン債権者により抵当権が設定されているといった事情もあり、強制執行で競売した場合でも、住宅ローンを超えた剰余が出るとは限らないものでした。
最高裁の判断過程は定かではありませんが、結論としては、東京高裁が仮差押えを認めなかった判断を維持しています。結局、不動産の仮差押えは実現しませんでした。
事案の概要
争点 | 将来の養育費を被保全債権とした仮差押えは認められるか |
最高裁の判断 | 結論としては仮差押えを認めず |
特記事項 | 最高裁の判断経緯は明らかではない(高裁判断を是認したのみ) |
特記事項2 | 既に未払の養育費があり、強制執行受諾文言付き公正証書で本差押えが可能だった |
特記事項3 | 支払い義務者には給与債権等の定期金債権はなかった(将来養育費の本差押えは不可) |
特記事項4 | 差し押さえようとした不動産は無剰余の可能性が高かった |
決定の要旨
差し押さえの可否について
本件事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は是認することができる。
として、抗告を棄却した(裁判官2名の反対意見あり)。
決定に対するコメント
養育費回収のための新しい手法とはならなかった
養育費の未払いは、子どもを育てる側にとって極めて深刻な問題です。今回の最高裁の判断いかんによっては、不動産の仮差押えによる方法で養育費の支払い義務者にプレッシャーをかけ、養育費の支払いを促す手法が発明され得たところでした。不動産を仮差押えすると、登記簿に記載され、養育費の未払いとなれば本差押により競売にかけられてしまい、債務者にとっては致命的なことが多いためです。「そのような事態になるなら養育費を払おう」という価値判断は、普通のものといえます。
そして、本差押に比較すると、仮差押えの場合は、申し立て時点での債権者の経済的な負担が少なく済むであろうことが予想されることは、上記のとおりでした。
このようなスキームは、実際に問題になった事件単体の事例判断においては、否定されました。しかし、最高裁が一般的な枠組みにより否定したわけでもないため、事案によっては認容される可能性もゼロではないといえるところでしょう。この辺りの問題や、どのうようなケースであれば仮差押えが認められるのかといった評価については、将来に残された課題といえるでしょう。
補足
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