判例紹介・酒気帯び運転車両に衝突された工事現場誘導員の交通事故被害者の過失を否定した事案(福岡地裁H28.11.9判決)

はじめに

被害者の過失

 交通事故被害者のうち、典型的に無過失とされる類型は、概ね以下のとおりです。

  1. 横断歩道上の歩行者(赤・黄信号でない)
  2. 追突事故の被害車両
  3. センターラインオーバーしてきた加害車両の被害車両

 別の表現をすると、上記の類型ではない事故の場合、加害者側からある程度の過失の主張を受けることがあります。「動いていた車両同士の事故である以上、1割の過失は認められる」とか、「横断歩道上ではない道路上の歩行者には過失がある」といった内容が典型です。

 この主張には、一部正しいものもあるといえます。他方で、このような形式論だと不当な結論となる事案があることも、事実です。過失割合で争いになると、実際には裁判手続を経なければ、和解などに至ることは難しいことも多いものです。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、工事現場の誘導員が道路で工事誘導をしている際に、酒気帯び運転の加害車両に衝突された事案です(自保ジャーナル1990号112ページ)。結論としては、加害車両の運転態様の悪質さなどを挙げて、被害者の過失を否定しています。

 なお、判決文中、「原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。

事案の概要

事故日 H26.7.23
事故態様 道路上の工事現場誘導員と道路直進車両の衝突事案
主張された通院期間 約7か月
主張された症状 腰部打撲、右膝関節打撲傷など
後遺障害の事前認定結果 12級13号
争点 路上にいた被害者の過失の有無
裁判所の認定 被害者には過失なし
考慮要素 加害者は酒気帯び運転していた
考慮要素2 加害者には前方不注視あり
考慮要素3 被害者は、三角コーンで囲われた工事区画内にいた

判決の要旨

具体的な事故態様について

 加害者は、加害車両を運転し、時速50km前後の速度で、本件道路の第1通行帯をa方面からb方面に向けて直進していたが、別紙2「交通事故現場見取図」(以下「別紙図面」という。)記載の②の地点付近において、進路左側路外にあるファミリーレストランに気を取られ、同ファミリーレストランの方向を注視したまま、進行した。

 その後、加害者は、加害車両が別紙図面記載の③の地点まで進行した時点で、進路前方に視線を戻したところ、本件工事の現場の手前に、道路を通行する車両等に進路の変更を促す目的で設置された矢印が記載された看板及び誘導灯を振っている交通誘導員(原告)が間近に迫っていることに気付いた。

 そこで、加害者は、急制動の措置を講じたが、間に合わず、上記看板2枚に加害車両の前部を衝突させてなぎ倒した後、更に加害車両の前部を被害者に衝突させた。加害車両は、被害者と衝突した後もなお走行し続け、進路前方に駐車中の工事車両に衝突したことにより、ようやく停止した。

被害者の過失について

 加害者が、約7時間にわたり飲酒した後、仮眠を取ったとはいえ、酒気を帯びた状態で、加害車両の運転を開始したこと、加害者は、加害車両を運転中、進路左側路外にあるファミリーレストランに気を取られたため、前方を注視せず、本件工事の現場が目前に迫って初めて、同現場の手前に設置された看板及び交通誘導員(被害者)に気付いたこと、本件事故の発生直後に実施された飲酒検知の結果、加害者の呼気1㍑当たり0.1㍉㌘のアルコールが検出されたこと、他方において、本件事故の発生当時、被害者は、三角コーンの内側(本件工事の現場側)において、自らの安全を確保しながら、交通誘導に従事しており、交通事故をじゃっ起するような行動等に及んだ形跡が認められないことに照らせば、本件事故は、専ら加害者の前方注視を怠った過失により発生したというべきであって、本件事故の発生に関し、被害者に過失相殺をするほどの過失があったとは認め難い。

判決に対するコメント

過失の認定について

 飲酒運転の加害者、工事現場内にいた被害者という状況によれば、被害者を無過失とした裁判所の判断は妥当であると解されます。

 他方で、過失割合の算定に参照される「別冊判例タイムズ38号」によれば、道路端を歩いている歩行者と自動車の事故の場合、歩行者には5%の過失が認定されるのが原則であるなど、歩行者にとって不利な事情もあります。

 裁判所の判断という局面になると、「別冊判例タイムズ38号」にあまり捉われない認定も多くあるところです。本件もそのような類型として、加害者側の重い過失責任を認定したものであるように理解されます。

被害者の損害について

 被害者には12級13号の後遺障害が認定されるなど、重い受傷となりました。接触後もなかなか停止しなかった加害車両の状況からすると、無理からぬケガであるように解されます。

 このような重い受傷になると、過失割合が1割でも認定されてしまうと、100万円単位で損害額が変わることもあります。適切な賠償という意味からも、無過失の認定を得た実益は大きいといえます。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 170,310 170,310
入院雑費 90,000 90,000
交通費 20,900 20,900
装具代 22,322 22,322
休業損害 1,170,000 825,000
傷害慰謝料 1,900,000 1,850,000
後遺障害逸失利益 3,690,697 2,119,723
後遺障害慰謝料 3,190,000 3,150,000
小計 10,254,229 8,248,255
損害のてん補後 7,168,014 5,076,580
弁護士費用 716,801 510,000
合計 7,884,815 5,586,580

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例