判例紹介・治療方法の比較検討により、交通事故による歯牙欠損につき、インプラント治療費を認容した裁判例(名古屋地裁H28.11.30判決)

はじめに

交通事故に関する歯科の治療費

 交通事故でケガをした場合、通常想定される医療機関は、整形外科や整骨院です。自動車同士の交通事故で被害者に負荷がかかって受傷することになる部位は、腰や首であることが多いためです

 他方、自転車やバイクが被害車両となった場合、顔面などを強打し、歯が折れるなどのケガをすることがあります。この場合は、歯牙欠損などにつき、歯科医での治療が必要になることがあります。

 そして、事故と歯のケガの因果関係が明らかであれば、歯科の治療費につき、加害者側の保険会社が一括払いの対応をして、全額支払うこともあります。

一括払とは何か、なぜ交通事故加害者の保険会社が治療費を支払うのか

歯科治療の「因果関係」

 歯牙欠損などの歯のケガの場合、治療にはいくつかの方法があります。

 この点につき、仕上がりの美しさまで考えれば、被害者にとって最も望ましい治療方法は「インプラント治療」であることが多いでしょう。他方で、インプラント治療は保険適用外であったりすると高額になりがちです。このため、加害者側の保険会社が支払いを拒絶する可能性があります。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、交通事故により前歯を欠損した事案につき、治療方法の各種検討により、費用としては高額になるインプラント治療を相当としたものです(自保ジャーナル1992号113ページ)。なお、加害者側は、「ブリッジ治療で充分である」という反論をしていたようです。

 この裁判例では、インプラント治療以外の治療方法(可撤式の床義歯及びブリッジ)について、メリットとデメリットを比較している点で、興味深いところです。

 なお、判決文中、「原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。

事案の概要

事故日 H25.10.18
事故態様 直進の自動二輪車と路外進出のため道路横断した普通車両との衝突
主張された通院期間 30日の入院、318日の通院期間
主張された症状 歯槽骨骨折、歯牙脱臼、右肩肩甲骨骨折、右手舟状骨骨折、右月状骨周囲脱臼
後遺障害 非該当
争点 歯槽骨骨折の治療にインプラント治療が必要・相当といえるか
裁判所の認定 インプラント治療の必要性、相当性を認めた
考慮要素 インプラント治療は、咬合能力の回復、審美性の回復、補綴物の長期安定性に優れる
考慮要素2 被害者の口内環境に照らすと、インプラント治療で想定されるリスクは回避が容易
考慮要素3 手術を担当した大学は、「インプラント治療が最適」と判断していた

判決の要旨

事故による受傷とインプラント治療の相当因果関係

 被害者は、本件事故により歯を喪失したため、平成25年12月19日から平成27年3月4日までインプラント治療を受けたこと、その治療費の合計は、別紙3のとおり、74万8,900円であったこと、被害者は、歯を支える土台となる骨の部分も欠損しているから、インプラント治療の前提となる当該土台部分の骨の修復のための骨移植の治療に時間を要するため、それ以後も治療の継続を余儀なくされており、別紙4のとおり、平成28年4月26日までに、更に35万9,757円の治療費がかかったことが認められる。

 したがって、以上の合計110万8,657円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

他の治療方法とインプラント治療との比較

 被害者は、外傷で左側上顎中切歯を喪失したが、同部の補綴方法として考えられるものは、①可撤式の床義歯、②ブリッジ、③歯科用インプラントであること、補綴を行う際に考慮すべき点は、Ⅰ咬合能力の回復、Ⅱ審美性の回復、Ⅲ補綴物の長期安定性が中心になってくること、①の場合、容易で安価に作成でき、治療期間も極めて短縮できるが、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲすべての点で②、③の方法より著しく劣っていること、②の場合は、Ⅰにおいては③とほぼ同等近くの結果が得られるが、Ⅱにおいては外傷で歯槽骨が萎縮している原告に適用すると、補綴物と歯槽骨問の空隙が目立つこととなり、審美的に非常に劣るものとなることが予測されること、Ⅲにおいては比較的長期間安定することが予測されること、②の大きな欠点は、両側臨在歯を大きく切削しなければならず、両側臨在歯はともにう蝕のない健全歯であるため、②のために切削することは大きなマイナスで、切削したことが原因で、将来的に歯髄が壊死する危険性が考えられること、③の場合、Ⅰ、Ⅱは圧倒的に優れていること、歯科用インプラントの生着率はおおよそ95%以上とされており、生着した場合、長期安定にも優れた結果が得られることが多いこと、欠点として、埋入する手術が必要であり、手術の際に神経損傷による神経麻痺、血管損傷による出血などのリスクがある

とした。

インプラント治療に伴うリスク評価を含めた、大学病院による治療方法に関する判断

 被害者の手術部位近辺には、損傷で問題となる血管・神経は存在しないため、このリスク【インプラント治療で想定されるもの、引用者注】はほぼ関係ないこと、たとえリスクがあるとしても、解剖の知識に基づく十分な術前の治療プランの立案により、容易にリスクは回避できること、E大学歯学部顎口腔外科学講座は、口腔外科やインプラント関連手術の知識や経験は十分であること、被害者は、同講座において、歯科用インプラント治療が最適と判断されたことが認められる

とした。

結論

 被害者について、

本件事故により、インプラント治療の必要性があったと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない

とした。

判決に対するコメント

歯科の治療方法の比較

 判決では、歯の治療方法について3つを掲げ、それぞれのメリット、デメリットを比較しています。

 これを一覧にまとめると、以下のとおりとなります。

  咬合能力の回復 審美性の回復 補綴物の長期安定性 備考
①可撤式の床義歯 ①及び②に著しく劣る ①及び②に著しく劣る ①及び②に著しく劣る 安価、治療期間が短い
②ブリッジ ③とほぼ同等 ③に非常に劣る 長期安定性あり 両側臨在歯の切削が必要
③歯科用インプラント 圧倒的に優れる 圧倒的に優れる 生着すれば長期安定する 手術にリスクあり、高額

 ①の可撤式の床義歯(「かてつしきのしょうぎし」と読むと思われます)は、要するに部分入れ歯のことです。②のブリッジは、歯と歯の間に人工の歯を「橋」のように渡す、という治療法です。③のインプラント治療は、手術で人工の歯を埋め込む治療法で、外科手術が必要になります。

 判決では、まず、③の歯科用インプラントの優位性を指摘しています。そして、インプラント治療のために必要な外科的手術に伴うリスクについては、被害者の口内の状況に照らして低いものであると評価しています。

 結論としては、手術を担当した大学病院の、「インプラント手術が最適である」という意見を追認しています。

インプラント手術は高額である

 本件のインプラント関係の治療費は、約110万円とされています。保険適用外となればどうしても高額になるため、加害者側の保険会社も争うという判断になったようにも思われます。

 今回の判決は、「一般論として歯科治療はインプラント手術が望ましい」と判断したわけではありません。このため、事例によっては、裁判でもインプラント手術費用が認められないおそれもありえます。高額な治療費を保険会社に負担してもらえないとなると、これはリスクになります。

 実際の局面では、本件のようにインプラント手術の実施例が多い病院などに、「インプラント治療が最適である」などと医学的に判断してもらうことが重要でしょう。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 3,692,516 3,692,516
入院雑費 54,000 54,000
交通費 37,480 37,480
休業損害 1,404,883 1,267,560
傷害慰謝料 2,760,000 2,000,000
物件損害 721,550 721,550
小計 8,670,429 7,761,666
既払い金 ▲3,541,125 ▲3,541,125
弁護士費用 513,930 420,000
合計 5,653,234 4,650,541

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例