判例紹介・交通事故による死亡慰謝料を増額した事案(加害者は過失運転致死傷罪で有罪)(神戸地裁H29.1.27判決)

はじめに

死亡慰謝料について

 不幸にも、交通事故で被害者が死亡してしまうことがあります。この場合、損害賠償の裁判所基準では、「被害者の地位」により、損害額が概算されます。この慰謝料額の目安は、以下のとおりです。

 実際には、この慰謝料から増額されるケースもあります。しかし、基準から増額となるケースは珍しいといえます

被害者の地位 金額
一家の支柱 28,000,000円
母親、配偶者 25,000,000円
その他 20,000,000~25,000,000円

【参考ページ】

裁判所基準の損害賠償算定(死亡慰謝料)

損害賠償額自動計算機(死亡事故の場合)

遺族固有の慰謝料について

 上記裁判所基準の慰謝料には、遺族固有の慰謝料も含まれるとされています。しかし、遺族の精神的苦痛等が甚だしい場合には、「遺族固有の慰謝料」として、裁判所基準の金額に加算する形で、遺族固有の慰謝料を認定するケースがあります。

 ただし、基準を超えた金額認定となるため、事案としては珍しいものです。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、過失運転致死傷罪で有罪判決を受けた加害者が起こした交通事故につき、被害者の死亡慰謝料を増額認定し、さらに遺族固有の慰謝料を認定したものです(自保ジャーナル1996号151ページ)。

 この事案では、事故の重大性のほか、刑事裁判になって、加害者が自身の過労状態や居眠り運転を否定したことを慰謝料の増額事由としています。

 なお、判決中の当事者名の記載を、適宜「被害者」、「被害者遺族」、「加害者」などとしています。

事案の概要

事故日 H27.2.20
事故態様 加害車両が時速約70キロで他車に衝突し、押し出された他車が被害者を下敷きにした
主たる争点 慰謝料の増額の有無
その他の主たる争点 逸失利益の金額
裁判所の認定 通常の基準より慰謝料を増額(2,800万円→3,000万円)
裁判所の認定2 遺族固有の慰謝料を認定(合計300万円)
裁判所の認定3 基礎収入につき、実所得から概算した(平均賃金よりは低額)
考慮要素(慰謝料増額について) 危険な運転態様、被害者に落ち度なし
考慮要素2(慰謝料増額について) 刑事裁判で加害者は過労状態や居眠り運転を否認
考慮要素(遺族固有の慰謝料について) 事故が重大であり、被害者自身の慰謝料増額事由が存在することから、遺族固有の慰謝料も認定されるとした
特記事項 生活費控除率は40%とした
特記事項2 同居していない相続人にも遺族固有の慰謝料を認定した

判決の要旨

被害者の地位について

 糖尿病の影響もあり扶養されていた同居の親族(原告の一人)の存在を認定し、

「被害者は一家の支柱に準ずる者であることが認められる。」

とした。

被害者の慰謝料増額事由及び慰謝料額について

 加害者の居眠り運転は極めて危険な運転行為であったこと、加害者は、大型車両で重量がある被告車を停車車両に衝突させ、その停車車両を被害者に衝突させており、重大な事故状況であったこと、被害者は、落ち度がないにもかかわらず、身体に激しい損傷を受け、即死したものであり、重大な結果が発生したこと、加害者は、刑事裁判において、過労状態や居眠り運転を否認するに至ったこと等が認められることに照らすと、被害者の死亡慰謝料を増額するのが相当である。

 以上で認定の事実を総合すると、被害者の死亡慰謝料は3,000万円を認めるのが相当である。

遺族固有の慰謝料を認定した理由及び認定額について

 被害者と被害者遺族らの兄弟姉妹関係、被害者の突然の死亡と本件事故の重大性等に照らすと、被害者遺族らの精神的苦痛は大きいと認めるのが相当であり、上記1認定の原告花子、原告春子及び原告夏子が被害者と別の所帯であったことや原告夏子が遠方に居住していたことが認められるとしても、原告らの精神的苦痛に対する近親者固有慰謝料を認めるのが相当である。また、上記1認定の被害者と原告一郎の同居、原告一郎の疾病と扶養扱い、原告一郎による被害者の死体の本人確認等に照らすと、原告一郎の精神的苦痛はさらに大きいと認めるのが相当である。以上で認定の事実に加えて、上記(5)認定のとおり、慰謝料増額事由が認められることを総合すると、以下のとおり、原告らの近親者固有慰謝料を認めるのが相当である。

  1. 原告花子、原告春子及び原告夏子 各60万円
  2. 原告一郎 120万円

判決に対するコメント

慰謝料増額事由について

 裁判所基準の死亡慰謝料は、必ずしも高額とは解されません。とはいえ、基準として存在する以上、相当の存在感を持ちます。この増額認定を受けることは容易ではないのが実情で、精神的苦痛が多大であることにつき、詳細な立証が必要になるといえます。

 本件では、刑事処罰をおそれたのか、加害者が捜査段階とは異なる主張をしていたといった経緯がありました。刑事裁判でこの加害者の主張(過労状態ではなかった、居眠り運転もしていなかった)は、却下されているように解されます。とすると、加害者は刑事裁判になって虚偽の主張を展開したことになり、被害者の多大な精神的苦痛を裏付ける事情になったと解されます

和解の可能性

 裁判所基準よりも高額の慰謝料などを求めるとなると、裁判上で和解することは困難であったように解されます。支払を行う保険会社などとしても、裁判所基準より高額の内容となると、決裁を通すことが困難であることが通常と予想されます。

 このため、判決により裁判官が判断することが求められた事案であったように解されます。

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例