目次
はじめに
整骨院の施術が問題となる事案
交通事故の被害者が、整形外科のほかに、整骨院を併用するケースがあります。整骨院では、医師ではなく、柔道整復師による施術を受けることになります。昼間は仕事があるなどの事情で、平日日中に整形外科に通院することが困難な被害者の場合などに、整骨院が利用される傾向があります。
ただし、法律上、医療行為は医師でなければ行うことができません。このような原則もあってか、病院への通院が乏しい状況で、整骨院への通院がメインの事案の場合、事故状況によっては、通院の必要性を否定されるケースもあります。
紹介する裁判例について
今回紹介する裁判例は、整骨院での施術に関連して、そもそも事故による受傷の有無が争われた事案です(自保ジャーナル1993号126ページ)。
結論としては、事故態様や事故後の被害者の通院状況や、被害者の事故歴などにより、交通事故による受傷自体を否定しています。
なお、判決文中、「原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。
事案の概要
事故日 | H26.4.3 |
事故態様 | 駐車場出入口での車両同士の接触 |
主張された通院期間 | 約4月で、約80日の通院(被害者2名につきほぼ同様) |
主張された症状 | 頸椎捻挫など |
後遺障害の事前認定結果 | 非該当(申請をしていないものと解される) |
争点 | 交通事故により受傷したかどうか |
裁判所の認定 | 交通事故による受傷を否定した |
考慮要素 | 事故による衝撃が大きいとはいえないとの評価 |
考慮要素2 | 事故状況に関する被害者の主張が不明確で、一貫していない |
考慮要素3 | 痛みを感じながら整形外科に1日しか通院していないのは不自然 |
考慮要素4 | H24にも交通事故被害に遭ったことがあり、被害者は通院頻度が裁判所基準の慰謝料算定に影響することを知っていた |
判決の要旨
事故態様についての被害者の主張について
被害者らが述べる本件事故の瞬間の状況は、いずれも必ずしも明確でなく、一貫したものでもない。
整形外科への通院が少ないことについての評価
被害者らが強い痛みを感じていながら、医師の指示もないのに、いずれもC整形外科医院に1度通院したのみで、その後は本件整骨院のみに4ヶ月も通院していることは、不自然さを免れない。この点、被害者らは、初回以降病院に通院しなかったのは、同病院は待ち時間が長かったのに対し、本件整骨院ではすぐ治療に入れたからであるとする。しかしながら、被害者らがほかの病院への通院を検討した形跡は窺われないし、被害者花子については仕事の休みは平日であるから、その日にC整形外科医院に通院することも可能だったのであり、必ずしも合理的な理由とはいえず、なお不自然さを免れない。
整骨院への通院と受傷の関係について(前回の事故についても言及)
現に被害者らは約4ヶ月にわたって整骨院に通院しているものの、これは保険会社が治療費を負担することを期待したものであって、自ら治療費を負担してまで通院したものではなく(省略)、また、弁論の全趣旨によれば、被害者一郎は、平成24年8月17日発生の交通事故により、頸椎捻挫、腰椎捻挫(整骨院では頸椎捻挫、右肩関節捻挫、左肩関節捻挫)の診断名により、約8ヶ月間、医療機関又は整骨院に通院した経験があることが認められ、被害者らにおいて、交通事故の損害賠償実務において、傷害慰謝料が通院期間及び通院実日数を大きい考慮要素として算定されていることを認識しており、そのことが本件整骨院への通院の動機となった可能性もにわかに排除できない。よって、現に被害者らが整骨院への通院を継続していることから原告らの受傷の事実を推認することもできない。
事故と受傷の関係について
本件事故によって被害者車両に生じた加速度は小さく、これによって被害者らに主張する傷害が生じたものとはにわかに認め難く、被害者らが指摘する事実はいずれも被害者らに傷害が生じたことを推認させるに足るものではなく、ほかに本件事故によって被害者らに傷害が生じたと認めるに足りる証拠はない。
判決に対するコメント
交通事故と受傷の因果関係について
事故が軽微と評価されてしまうような場合、受傷しているにもかかわらず、保険会社から疑われてしまうようなケースもあります。このような場合には、やはりまずは整形外科に定期的に通院し、医師による経過観察を受けることが重要となります。そして、整骨院を併用したい場合には、医師から同意を受けておくことが無難です。
そのような準備がないと、場合によっては本件裁判のように、事故と受傷の因果関係自体を争われてしまうおそれもあります。裁判などになってしまえば、真実はどうあれ、適切な立証ができるかどうかという問題になってしまいます。尋問手続となってしまえば負担も大きく、決して楽しいものではありません。
このような展開は、一般論としては、被害者にとってあまり望ましいものではないでしょう。
過去の事故歴について
今回の判決では、被害者に過去に事故歴があることから、「通院頻度と慰謝料の関係を知っていて、そのことが整骨院への通院の動機になった可能性もある」などと言及されています。交通事故の損害賠償に関する情報は、昨今ではインターネットなどで誰でも収集可能です。このため、過去の事故歴だけで被害者に不利な認定をされてしまうことが適正といえるかどうかは、評価が難しいところです。
本件でも、過去の事故歴だけを重視して結論を出しているようではないため、一定のバランスを図りつつ、それなりに重視した事実として掲げた、という扱いのように思われるところです。
認定内容一覧表(被害者一郎について抜粋、花子もほぼ同様)
請求額(円) | 認定額(円) | |
治療費 | 496,472 | 0 |
文書料 | 17,720 | 0 |
交通費 | 1,807 | 0 |
傷害慰謝料 | 670,000 | 0 |
弁護士費用 | 118,599 | 0 |
合計 | 1,304,598 | 0 |
補足
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