判例紹介・交通事故被害の29歳男性会社員につき、14級9号の後遺障害の労働能力喪失期間を37年とした事例(福岡地裁小倉支部H27.12.16判決,H27(ワ)367号)

はじめに

 交通事故で、むちうちの症状が重く、治療を行ったにもかかわらず痛みなどが残存するケースがあります。この場合、後遺障害認定申請をすることで、神経症状について14級9号という等級が認定されることがあります。

 後遺障害が認定されると、障害の分だけ労働能力が低下したということで、「逸失利益」という損害が認められます。この算定は、「基礎収入×労働能力喪失期間(これに対応するライプニッツ係数)×労働能力喪失率」という数式で行われます。そして、労働能力喪失期間については、神経症状の場合は5年程度(例外的に長くても10年)という認定が通常です。根拠としては、神経症状は、一定期間のうちには完治するし痛みにも慣れるから、などといわれます。

 ただし、このような争点について、労働能力喪失期間を37年間と判断した裁判例が、自動車保険ジャーナル1981号90ページより掲載されています。この内容について、簡単に紹介します。なお、判決文中、「原告」との表記を、便宜上「被害者」としています。

事案の概要

事故日 H25.7.2
事故態様 対向車線の転回車との衝突
通院日数 169日
症状 頸部等の神経症状
後遺障害等級 14級9号
主たる争点 労働能力喪失期間
裁判所の判断 67歳までの37年
考慮要素 偽関節による痛み、症状の持続を裏付ける医師の意見書あり
特記事項 被害車両は自動二輪車

判決要旨抜粋

労働能力喪失期間について

 本件事故により、被害者の第7頸椎棘突起の骨折が生じたところ、骨折が完全には癒合せず、偽関節が生じ、このため、頸部痛等の症状が残存しているものと認められる。そして、被害者の治療にあたった医師が「項部周辺の痛み、特に隆椎の圧痛、左上肢の知覚低下などの症状は今後も持続すると考えられる。」と述べていることからすると、67歳までの37年間にわたって労働能力を喪失するものとみるのが相当である。

過失割合について

 本件交差点において、加害者車両が転回するために、右折ウインカーを点灯させながら右折車線に停車したところ、対向車線(2車線道路)の第1車線を走行していた自動車が停車したため、加害者が転回を開始したところ、対向車線の第2車線を走行してきた被害者車両と衝突したものと認められる。

 これに対し、被害者は、加害者車両から右折の合図は出されていなかったと主張するが、加害者車両が右折車線に停車したこと、対向車線の第1車線を走行していた自動車が停車したことは証拠上明らかであり、これと合図を出した旨の加害者の主張は符合する一方、被害者が被告車両の合図を見落とした可能性も否定できないことからすると、被害者の主張は採用できない。

 以上によれば、被害者にも前方不注視の過失があるというべきであるが、転回する加害者が対向車線により注意を払うべきことからすると、被害者の過失が本件事故の発生に及ぼした割合は1割にとどまるというべきである

判決についてのコメント

労働能力喪失期間について

 労働能力喪失期間を37年もの長期にわたって認めるというのは、14級9号の神経症状による後遺障害では、例外的というべきです。これほどの長期間を認めたのは、症状が重かったことはもちろん、そのような症状の裏付けとなる医学的所見があったことが非常に重要だったと考えます。

 医師の評価は、概略、「骨折の癒合が不十分であり、偽関節が生じたことで頸部痛が残存しているという医師の評価があり、その症状が今後も残存すると解される」というもののようでした。具体的で踏み込んだ医師の判断が示されたことで、裁判所もこれを尊重したといえます

 なお、加害者側も、労働能力喪失期間は10年程度で相当であるという主張を裏付けるため、主治医とは別の医師の意見書を提出したようですが、それは採用されていません。

過失割合について

 交通事故で、ウィンカーなどを出したかどうかという点で争いになることがあります。ドライブレコーダーなどがない場合には、ウィンカーの入り切りを事故後に確定することは難しく、周辺的な事情により認定することになります。

 本件では、被害車両以外の車両が停止していた事情に照らすと、加害車両がウィンカーを出していて然るべきだろう、という判断になっています。間違いのない事実から過去の状況を推認するという、裁判所の判断枠組みに沿う内容となっているように思われます。

本判決の意義

 むちうち症の場合、医学的所見に基づくことが少なく、どうしても「いつかは治るもの」という判断を受けがちです。本件のように、医学的な所見が存在しうるのであれば、その内容を医師にきっちりと資料してもらうことが、非常に重要と解されます。

 労働能力喪失期間が10年か37年かでは、ライプニッツ係数が2倍以上の差があり、逸失利益も2倍以上変わってきます。また、労働能力喪失期間が短いと、若年者の場合には、どうしても低額となりがちな現実収入が基礎収入とされることで、さらに逸失利益が圧縮されてしまうことがあります。本件でも、仮に加害者側の主張が通っていた場合には、被害者主張の逸失利益の4分の1程度になってしまっていたことが予想されるところです。このような反論を退けた被害者側の立証活動は、実際に大きな成果につながったと解されるところです。

 なお、過失割合の認定のため、ドライブレコーダーを車両に積んでおいてもらいたいものです

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 1,264,587 1,264,587
薬代 14,860 14,860
後遺障害診断書代 8,640 8,640
通院交通費 100,090 100,090
休業損害 401,672 401,672
後遺障害逸失利益 5,352,450 5,352,449
通院慰謝料 1,540,000 1,540,000
後遺障害慰謝料 1,100,000 1,100,000
小計 9,782,299 9,782,298
過失相殺後の金額 8,804,068
既払金 ▲2,420,872 ▲2,420,872
弁護士費用 730,000 630,000
合計 8,091,427 7,013,196

補足

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交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例