判例紹介・交通事故後、労災で10級で認定をされながら、右肩の可動域制限が否定され、訴訟では14級9号の後遺障害とされた事案(東京地裁立川支部H28.9.29判決(H26(ワ)1879号)

はじめに

通勤中の交通事故の特徴

 通勤中の交通事故の場合、労災に該当します。このような場合で後遺障害の認定を行うときには、労災手続によるものと、加害車両加入の自賠責保険に対して行うものの、2つの手続が必要になります。

 この場合、治療費の支払いは、労災保険から全額支払われることが多いものです。このため、まずは治療終了時に、労災に対して後遺障害の認定申請を行うことが予定されます。その認定結果をもとに、加害車両加入の自賠責保険に対する請求をにて後遺障害の認定を受けるなどした後に、これらの保険金でまかないきれない金額を、加害者加入の任意保険に対して請求するという流れになります(自賠責保険に対する請求は省略することもありえます、本件もそのような事案と解されます)。

 この場合、労災段階での後遺障害認定結果と、自賠責保険や任意保険に対する請求に関連して認定される後遺障害の内容がズレることがあります。特に問題となるのが、自賠責保険などの後遺障害認定申請の局面で、労災時点よりも軽度の後遺障害しか認定されないという場合です。この場合、最終的な賠償金額が相当減額されてしまうこととなります。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、肩関節の可動域制限により、労災時点では10級9号の認定を受けていたものの、裁判では14級9号が相当であるとされたものです(自保ジャーナル1987号87頁)。可動域制限の場合、時間経過により改善することもありえます。このため、加害者加入の保険会社としても、労災時点での認定結果を争い、裁判までもつれるという展開は、ありうるものです。

 裁判所の結論としては、労災の10級9号認定は時期尚早なものであり、実際には14級9号該当が相当であるというものです。判断経過では、労災申請後の症状の改善が重視されています。

その他の特記事項

 14級9号とされると、労働能力喪失期間は、5年程度とされることが多いものです。14級9号の典型事案である強度のむちうち症の場合、5年くらいの間には神経症状は改善する、という考え方によります。本件では、手術にて金属プレートを体内に挿入していて、この状態が続く限りは症状も残るとの判断により、30年の労働能力喪失期間を認めています。

 なお、以下では、当事者の表記を、適宜「原告」から「被害者」としています。

事案の概要

事故日 H24.4.18
事故態様 ゼブラゾーンから直進進行の普通貨物車と、同車線に進路変更した自動二輪車の衝突
主張された入通院期間 21日入院、約7月の通院
主張された症状 右肩関節可動域制限
労災の認定 10級9号の後遺障害(2分の1以下の可動域制限)
裁判所の認定 14級9号
その他の認定 加害車両の過失を65%とした
その他の認定2 労働能力喪失期間を30年とした
考慮要素(後遺障害について) 労災申請後の受診で可動域が改善していた
考慮要素2(労働能力喪失期間について) 金属プレートが体内にある限り、症状は継続すると評価
特記事項 事故から6月後に労災の後遺障害申請するも実際の症状固定はそこから約9月後とされた

判決の要旨

後遺障害の認定について

肩関節の可動域制限について

 労災請求を行うための診断を受けた平成24年11月27日以降の治療経過や被害者本人の自覚症状、医師の見解を参照しつつ、平成25年7月1日を症状固定日とした。そのうえで、症状固定時の右肩の可動域制限(屈曲170、外転160)を認定し、関節可動域の制限による後遺障害は認められないとした。

具体的な後遺障害の認定について

 被害者の右肩には疼痛も認められて労災表14級9号に該当し、関節可動域制限が認められなければこれが独立した後遺障害として認定されるべきものであったところ、【証拠略】平成24年11月以降約半年の自宅でのトレーニングによって右肩の症状はやや改善したものの、トレーニングをやめると元に戻り、現在でも右肩に疼痛や違和感があり、右手で重量物が持てない、持久力がない、右側を下にして就寝することができないといった支障があって日常生活と仕事の両面で一定の制約を受けていることが認められ、被害者には局部に神経症状を残すものとして労災表14級9号と内容を同じくする自賠責表14級9号に該当する後遺障害があるものと認められる。

労働能力喪失期間について

 平成25年7月1日症状固定時点で被害者に14級9号の後遺障害が認定されていることを確認したうえで、

「後遺障害が金属プレートを挿入した右上腕骨近位端骨折の手術後のものであることを考慮すると、この障害はその状態が変わらない限りは持続すると見込まれる。」

として、被害者が67歳になるまでの30年間につき、5%の労働能力を喪失したものと認定した。

過失割合について

 省略。

判決についてのコメント

肩関節可動域制限について

 物理的に関節を動かすことが不可能でない場合、事故後に可動域制限があったとしても、リハビリにより症状が改善することがありえます。このような改善は、症状の完治という観点からは望ましいものです。とはいえ、賠償金額の算定においては、不利になることがあります。

 本件でも、労災での後遺障害申請時点から約8ヶ月後に行われた医師の診断が重視されていると解されます。そこでは、可動域の増大に加えて、「だいぶ良くなっている」という被害者本人の自覚症状が示されています。このような診断書などの記載があると、治療は進んでいたと解され、賠償の観点からは不利に取られても、無理からぬ部分もあると思われます。

労働能力喪失期間について

 労働能力喪失期間の認定では、以下の点が重視されているようです。

  1. 事故後の手術にて、肩に金属プレートを入れている
  2. 金属プレートは、当面は除去することは想定されていない
  3. 金属プレートにより神経症状が生じていることがうかがわれる
  4. 金属プレートが存在する限り、症状は継続すると解される

 客観的な事実として、体内にプレートが入っているという点から、30年もの労働能力喪失期間を認定しています。5年程度の労働能力喪失期間とされる場合と、賠償額としては約4倍の差異となるため、認定の影響は非常に大きいものです。

過失割合について

 ゼブラゾーンを直進した加害車両につき、車線変更した二輪車との衝突にて、65%の過失を認定しています。ゼブラゾーンの交通法規上の位置付けは微妙ですが、「通常の道路と全く同じように使用されることは予定されていない」という観点から、加害車両に重い過失を導いています。他方で、被害車両も全くの無責とはしていません。

 このような考え方は、他の事故類型でも参考になるように解されます。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 1,703,274 1,703,274
入院雑費 31,500 31,500
入院付添費 136,500 136,500
通院費 3,382 3,382
休業損害 396,606 396,606
リハビリ費用 5,025 5,025
入通院慰謝料 1,490,000 1,800,000
後遺障害慰謝料 5,500,000 1,100,000
後遺障害逸失利益 15,534,772 2,318,065
物件損害 108,400 108,400
被告依頼通院関係費 14,266 0
小計 24,923,725 7,602,752
過失相殺 0 ▲4,941,788
既払い金 ▲4,089,978 ▲2,919,978
弁護士費用 2,000,000 200,000
合計 22,833,878 2,221,810

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例