判例紹介・交通事故で両親を失った遺児2名に、各2800万円の慰謝料を認定した事案(東京地裁H7.6.20判決(H4(ワ)17606号)(赤い本掲載判例))

はじめに

死亡慰謝料の概算

 交通事故で被害者が死亡した場合、死亡慰謝料が認められます。これは、類型的に金額が算定され、原則として相続人が取得する請求権となります。

 この算定は、交通事故の損害賠償算定の際に用いられる裁判所基準を収録した、いわゆる「赤い本」では、以下のように類型化されています(平成28年版から一部変更した後のもの)。

  1. 一家の支柱:2,800万円
  2. 母親、配偶者:2,500万円
  3. その他:2,000~2,500万円

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、交通事故で両親が同時に死亡した事案で、遺児2名(9歳と6歳)についての慰謝料算定が問題となった事案です(平成29年版「赤い本」169頁)。

 類型的に考えると、両親が同時に死亡した場合は、父親を「一家の支柱」とすると、父親2,800万円、母親2,500万円となり、これを合算したものを2人で相続するため、各人の慰謝料の取り分は、2,650万円となります。しかし、裁判所はそのような判断をせず、両親を同時に失った悲しみを考慮し、各人につき2,800万円の慰謝料を認定しました。なお、加害者側から500万円の香典支払いがあったことも慰謝料算定では考慮したと、判決中で明示されています。

 なお、判決文中、「原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。

事案の概要

事故日 H3.8.24
事故態様 バッテリーのあがった車両を後ろから押していた(いわゆる「押しがけ」)被害者に、加害車両が激突したもの
事故の結果 2名が死亡
損害賠償の請求者 死亡した被害者の相続人2名(9歳と6歳)
主たる争点1 被害者側の過失
主たる争点2 逸失利益の算定
主たる争点3 慰謝料額
裁判所の認定(争点1) 被害者側には過失なし
裁判所の認定(争点2) 妻は家事従事者として賃金センサスから基礎収入を算定し、夫の所得は自営業の売上に専従者給与を加算した金額を基礎収入とした
裁判所の認定(争点3) 遺児2名それぞれに2,800万円を認定
考慮要素(慰謝料について) 両親を一度に失った悲しみを考慮、香典500万円の支払いも斟酌

判決の要旨

過失割合について

 詳細略、車両と被害者の位置関係などから、衝突前の段階で被害者の存在を認識できたことを認定し、加害者の一方的過失を認定した。

慰謝料額について

 被害者らはそれぞれ事故当時【省略】満九歳、【省略】満六歳であり、その成長には両親の愛情を必要とする年齢であるにもかかわらず、最も頼りとする両親を一挙に失つた悲しみは、察するに余りあるもので、それぞれの慰謝料を各2,800万円と認めるのが相当である。(なお、慰謝料の算定には加害者側から香典500万円の支払のあること(被害者らは明らかに争わない)も斟酌した。)

判決に対するコメント

慰謝料額について

 判決では、いわゆる裁判所基準に比較して、高額の慰謝料支払義務が認定されています。一つの事故で両親が同時に死亡していることに照らすと、慰謝料の増額は、当然あり得たことといえます。ここで、父か母かで慰謝料の金額を変化させるという判断には、違和感があったようにも推測されるところです。このような事情があったからか、遺児2名それぞれについて2,800万円という慰謝料額を認定しています。この前提には、死亡した被害者2名ともに、「一家の支柱」の金額とされる2,800万円と認定したという経緯があるように思われます。

 判決で、香典500万円の支払いがあったことを、慰謝料金額の認定の際に「斟酌した」と、明確に記載していることも重要と解されます。この意味するところは明確ではありません。とはいえ、損害の内払とも理解できるほどの高額の香典が支払われたことを「斟酌した」ということであれば、逆に考えると、「このような香典支払いがなければ、より高額の損害を認めていた」と理解すべきように解されます。

赤い本収録判例であること

 今回紹介する裁判例は、交通事故の損害賠償の算定の際に参照される、いわゆる「赤い本」に収録されているものです。この意味をどのように捉えるかは、いろいろな評価がありうるところです。「特殊事例であり、多くの事案では参照されない」という捉え方もあるでしょうが、判断に至る考え方については参照すべきものが多いと解するべきでしょう。

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例