判例紹介・交通事故で10級の後遺障害主張に対して、自賠責と同様に12級の認定とした事案(東京地裁H28.9.12判決(H26(ワ)19632号))

はじめに

後遺障害の認定をめぐる争い

 交通事故の被害者が損害賠償請求を行う際に、後遺障害の等級の違いにより、賠償金額に大きな差が出ます。通常は、訴訟を提起する場合であっても、その前に「損害料率算出機構」という機関に対して後遺障害の認定を求め、その結果に従い損害主張を行う、という流れになります。他方で、損害料率算出機構による判断は終局的なものではないため、裁判所の判断により、等級判断が変動することがあります

 このため、損害料率算出機構による認定で後遺障害に認定されなかった場合はもちろん、14級に該当したものの、実際には12級相当の障害が残存しているなどとして、裁判において、損害料率算出機構の判断よりも高位の等級に該当するかどうかが争点となることがあります。

 この場合は、損害料率算出機構により医学的な評価をも含んだ判断がなされた後に、請求者としてはそれを覆すべく主張立証を展開する必要があります。よって、一般論として、請求者側に困難が想定されることが多いものです。

基礎収入の判断について

 被害者が自営業者の場合、所得の認定に困難が生じることがあります。中小の事業者の場合、確定申告書の記載に関して、実態からかい離していることが少なくないためです。そして、確定申告書は課税評価の前提資料となるため、一般論として、確定申告書の記載は少額になる傾向があります。

 この場合、実際の所得を立証する責任は、請求者側にあります。このような基礎収入の金額は、損害算定において大きなインパクトを持ちます。よって、証拠が揃えらえるかどうかは、賠償額に直結する重要な問題となります。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、損害料率算出機構の判断では12級13号(右膝痛より)と認定されたものの、実際には右足指用廃(右足の指が動かなくなった)という11級9号の後遺障害が認定されておらず、併合10級の認定が相当であるとして、提訴されたものです(自保ジャーナル1988号52頁)。結論としては、12級13号の損害料率算出機構の認定を是認するものでした。

 また、基礎収入については、美容師の被害者自身が経営する会社の売り上げの他、夜間にヘアメイクを行って給与を取得していた事情を認め、確定申告書記載のものよりも高額を認定しています。

 なお、当事者の表記を、適宜「原告」から「被害者」としています。

事案の概要

事故日 H22.11.9
事故態様 横断歩道の歩行者と右折自動車との衝突
入通院期間 85日の入院、122日の通院
主張された症状 右膝痛、右足指用廃
機構による後遺障害の認定 12級13号(右膝痛)
裁判所の認定 12級13号(右膝痛)
その他の認定 横断歩道上の歩行者に過失なしとした
その他の認定2 被害者の夜間の業務を認め基礎収入を600万円とした
考慮要素 右足指用廃につき、医師の意見書では「医学的な原因不明」
考慮要素2 右足指の症状は、事故から時間経過後に出現
考慮要素3 給与明細書及び総勘定元帳から、法人業務以外の所得を含めた基礎収入を認定

判決の要旨

後遺障害の認定について

 【証拠略】によれば、①B病院整形外科戊田四郎医師(戊田)は、平成24年5月1日、被害者の後遺障害の内容として、右足背のしびれ、右第1、2、4、5足趾の背屈/底屈障害、他動的には可動域は良好だが、自動での連動性がないと診断し、右第1から第5足趾の可動域について、他動値はいずれも正常だが、自動での屈曲/伸展は不可能であると測定したことが認められる。

 しかし、その一方で、戊田医師は、被害者の右足関節及び右足趾の可動域制限の医学的原因について、「痺痛に伴う廃用性のものが考えられるが、異常知覚及び足趾、足関節の連動性の消失は医学的には不明である」と回答している上、本件事故直後のB病院入院中に、被害者は、右足背等のしびれを訴えてはいるものの、動きは良好であると観察されており、右足趾の前記症状は、時間が経過して出現したことが認められ、事故を原因とする外傷性の器質的損傷によるものと認めることはできない。

 したがって、右足趾について、他動運動による測定値を採用することが適切でない場合(例として、末梢神経損傷を原因として関節を可動させる筋が弛緩性の麻痺となり、他動では関節が可動するが、自動では可動できない場合が挙げられる。)に該当するとは認められず、他動値は正常であるから、本件事故によって被害者の右足趾に機能障害が残存したと認めることはできない。

 以上によれば、本件事故により被害者に残存した後遺障害は右膝痛であり、その程度は後遺障害等級12級13号である。

基礎収入の算定について

 被害者の供述から、

「平成22年8月分の売上は57万8,000円、同年9月分の売上は51万1,000円、同年10月分の売上は54万3,000円であり、夜間のヘアメイクの収入は同年8月分が23万4,000円、同年9月分が22万5,000円、同年10月分が24万3,000円である」

としたうえで、

 「①平成22年2月及び4月の夜間のヘアメイクの給料支払明細書には、所得税控除の名目で基本給の10%が控除され、源泉徴収されていると認められるのに対し、平成22年8月以降は源泉徴収されていないこと、②総勘定元帳に計上された平成22年8月から10月の売上高は【上記】のとおりであり、平成22年11月から7月までの総勘定元帳に計上された各月の売上高はいずれも30万円台であるのに比べ、毎月20万円以上増額していることは、いずれも平成22年8月から総勘定元帳に夜間のヘアメイク分の売上を計上したとの原告供述に整合する」

として、被害者の毎月の所得を約50万円として、基礎収入を年額600万円とした。

判決に対するコメント

後遺障害の認定について

 足指の症状につき、医学的に原因が不明とされてしまうと、交通事故との因果関係を立証する手がかりは、どうしても得にくくなるように思われます。また、一般的に、「事故から一定期間経過後に出てきた症状」というものにつき、裁判所の認定は厳しいように思われます。

 損害料率算出機構の認定では、柔軟な評価を得ることが難しい事も多いものです。他方で、医学の専門家ではない裁判所の手続となると、どうしても損害料率算出機構の認定より重い後遺障害の判断を得ることは、難しい傾向があると解されます。

 このため、立証責任を負う被害者としては、どうしても症状通りの等級認定を得ようとしても、困難に直面することがあります。

基礎収入について

 被害者の夜間勤務の給与につき、どのような事情かは不明ですが、所得証明書を作成するなどの勤務先からの協力を得られなかった事情が推察されます。確定申告資料や勤務先からの源泉徴収票が揃えば、ある程度の所得の概算は容易です。他方で、紛争に巻き込まれたくない事業者などから協力を得ることには、困難が伴うこともあります。本件のように、最後は被害者本人に法廷で話してもらい、できる限り収集した証拠と併せて立証していく他ないこともとあります。とはいえ、そのような請求者側の負担は、軽くはありません。

 本件では、被害者の供述に沿う所得内容が裏付けられたうえ、ヘアメイクという専門的な業種に見合った所得であったこともあり、被害者の主張が認められています。限られた資料の中で所得証明書などの定式によらない書証により高い所得認定を得た成果は、特筆すべきものと解されます。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 909,965 909,965
入院雑費 127,500 127,500
交通費 59,430 59,430
文書代 69,170 69,170
休業損害 5,968,875 5,120,547
傷害慰謝料 2,420,000 2,350,000
後遺障害慰謝料 5,500,000 2,900,000
後遺障害逸失利益 16,990,946 6,486,228
小計 32,045,886 18,022,840
既払金 ▲9,562,440 ▲9,562,440
弁護士費用 2,000,000 840,000
合計 24,483,446 9,300,400

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例