判例紹介・離婚時に公正証書で合意された養育費につき、合意の趣旨や事情変更に照らして減額を認めた事案(東京高裁H28.7.8決定)

はじめに

養育費の算定方法

 調停や審判など、養育費を家庭裁判所で決める場合には、原則として元夫婦の所得額を基準にします。この所得額につき、いわゆる「算定表」と呼ばれる表に当てはめて、概算である程度機械的に金額を出します

 この算定表には、根拠となる数式が存在します。子どもの数や年齢を参照して、数式に当てはめることで、一応決まった金額が算出されます。

 なお、以下のリンク先から、裁判所の開示している算定表のpdfファイルのリンクページに移動できます(別ウィンドウが開きます)。

養育費・婚姻費用算定表

調停によらない合意がある場合

 算定表は、養育費の算定が裁判所に持ち込まれた場合に、一般的な家庭をモデルにして、養育費の概算を可能にするものです。他方で、離婚する夫婦が、養育費について調停などによらずに決めていることがあります。この交渉に弁護士が介入していれば、算定表を参照することが通常です。

 他方で、弁護士に交渉を依頼することもなく、当事者間で協議して具体的な金額を決めることもあります。そして、最近では、この合意を公正証書に残しているような場合もあります

 このような取り決めは、もちろん自由です。ただし、当事者間で合意した金額と算定表の金額が離れていて、後に裁判所に減額請求などが持ち込まれた場合には、当初の合意をどのように評価するかが問題となります

 当事者の一方が正常な判断ができない状態で、無理矢理望まない金額の養育費を呑まされたという場合には、算定表で金額を巻き直せばよいでしょう。他方で、当事者が双方納得して合意がなされている場合には、この合意内容を一切変更してしまうことには、裁判所にも抵抗があるものと解されます。

紹介する裁判例について

 今回紹介する決定例は、公正証書で離婚時に養育費を合意したものの、後に支払義務者(元夫)から減額請求がなされた事案です(判例タイムズ1437号113ページ)。

 減額請求は2回目でした。1回目は、支払義務者が再婚する前に行ったものですが、却下されています。なお、公正証書で合意した内容は、算定表の金額と比較すると、55,000円上回っているという事情がありました。

 結論としては、1回目の調停終了後の事情などを加味したうえで、減額を認めています。

事案の概要

争点 養育費の金額
従前の合意 月額75,000円の支払い
高裁の判断 月額59,000円の支払い、など
原審の判断 月額48,000円の支払い、など
考慮要素 公正証書の合意は、算定表より55,000円高額(増額事由)
考慮要素2 支払義務者は再婚し、子どもが1名生まれた(減額事由)
考慮要素3 権利者は再婚したが、再婚相手は子どもを養子縁組していない(養子縁組せずとも減額事由
特記事項 2回目の減額調停である(1回目は却下)
特記事項2 1回目の調停時は、支払義務者は再婚していなかった

決定の要旨

支払義務者の再婚と子どもが生まれたことの評価

 前件審判後,相手方(支払義務者)が,再婚し,かつ,再婚相手との間に長男をもうけ,これらの者に対する扶養義務を新たに負うに至ったといえるから,前件審判後に養育の額を変更すべき事情の変更が生じたといえる。

算定表より高額な公正証書の評価

 本件公正証書における養育費の合意額は客観的に見て標準算定方式により算定される額に月額5万5000円を加えた額であったことを認めることができ,現在における養育費の額の算定においてもこの合意の趣旨を反映させるべきである。もっとも,上記合意は,未成年者ら以外に相手方が扶養義務を負う子を未成年者らより劣後に扱うことまで求める趣旨であるとまで解すことはできないから,上記加算額を,未成年者らと,相手方とその再婚相手との間の子に,生活費指数に応じて等しく分配するのが相当である。

権利者の再婚(養子縁組なし)についての評価

 前件審判は,前記認定のとおり,抗告人(養育費権利者)の再婚相手と抗告人との身分関係や未成年者らの生活関係を含む諸事情を考慮して,相手方は,当事者双方の収入及び本件公正証書の趣旨を踏まえて算定される養育費の額の3分の2を負担するのが相当であると判断したものであるが,前件審判が前提とした諸事情がその後大きく変化したと認めることはできない。したがって,相手方は,【中略】で算定した額の3分の2に相当する額について,養育費の支払義務を負うとするのが相当である。

具体的な養育費の金額

 (支払義務者は,)抗告人(養育費権利者)に対し,未成年者らの養育費として次の金員を,平成27年×月から未成年者らが満20歳に達する日の属する月まで,毎月×日限り,抗告人が指定する抗告人名義の金融機関の預金口座に振り込んで支払う。ただし,振込手数料は相手方の負担とする。

  1. 平成27年×月から平成28年×月まで未成年者Cにつき,月額2万7000円 未成年者D及び未成年者Eにつき,月額各1万6000円
  2. 平成28年×月から平成30年×月まで未成年者C及び未成年者Dにつき,月額各2万4000円 未成年者Eにつき,月額1万5000円
  3. 平成30年×月から未成年者らが満20歳に達する日の属する月まで 未成年者らにつき,月額各2万2000円

決定に対するコメント

養育費の変更に関する「事情変更」

 養育費の支払義務者につき、再婚して新たに子どもを1名もうけたことにつき、「養育費を変更すべき事情の変更である」と明言しています。

 一般的な実務運用のとおりといえます。

公正証書の評価について

 当事者間で作成した公正証書では、算定表よりも大きな金額で養育費が合意されていました。裁判所は、この書面があることを、養育費の支払額を大きくする事由としています。

 ただし、単純に差額の55,000円を加算しているわけではありません。養育費権利者も再婚していることなどにも照らして、いろいろと数値計算して増額分を算定しているため、「公正証書の合意が算定表よりも多額であれば、すべてその合意内容が優先される」などといった一般論につながるわけではありません

 重要な点としては、裁判所が絡まない公正証書につき、その内容が相応に重視されたということです。このため、望まない内容の公正証書の作成などを迫られているような場合には、これに応じることは避けるべきです。将来的な請求権にも影響を及ぼすおそれがあるためです(当然といえば当然ですが)。

養育費権利者の対応

 養育費権利者は、再婚したものの、再婚相手は養育費権利者の連れ子を養子縁組していませんでした。もしかしたら、これは、将来的に養育費の減額請求を受けた際に、これを避けるための措置だったのかもしれません。

 とはいえ、裁判所の認定では、実際の生活実態などを認定のうえ、再婚は養育費減額の理由になると認定しています。すなわち、「養育費減額を避けるためには再婚相手に養子縁組させなければよい」という考えは、正確ではありません

 結局は、生活実態こそが重要ということです。裁判所は、戸籍の記載のみを参照するような四角四面な運用にはよっていません。

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

離婚

離婚等に関する裁判例