目次
はじめに
自分の保険に対する請求
交通事故に遭遇した場合に、自分の保険に保険金を請求することがあります。例としては、以下のとおりです。
- 車両の修理費用を支払うために、車両保険を利用する
- 治療費を支払うために、人身傷害保険を利用する
- 弁護士費用を支払うために、弁護士費用特約を使用する
- その他、事故の見舞金を請求したり、新車特約などの便利な特約を利用する
このような保険金請求にあたっては、自分の加入している保険会社の担当者と話をすることになります。相手方がいる交通事故の場合に、一般的に対立関係にある相手方保険会社の担当者と話をする場合とは、局面が異なります。
免責のケースがある
事故の加害者になってしまった場合には、被害者に対して、自分の保険から、対人賠償や対物賠償を行ってもらうことになります。この場合は、保険料を支払っている限りは、基本的には保険会社による対応を受けられます(偽装事故の事案は別です)。
それこそ、飲酒運転で事故を起こしたような場合でも、被害者への支払いは行われます。これは、契約者保護と同時に、被害者保護の要請があるためです。飲酒運転で一方的に事故の被害者にされて、保険会社から支払が受けられなければ、被害者は路頭に迷ってしまうでしょう。
他方、上で記載したような、車両保険などの自分の保険を使用する場合は、免責事項が定められていることが通常です。例えば、飲酒運転で事故を起こしたような場合は、人身傷害保険が使えないことがあります。
紹介する裁判例について
今回紹介する裁判例は、自損事故の被害者であると主張する者が、自分の車両保険に対して保険金を請求した事案です。(自保ジャーナル1999号171ページ)。
地裁判決では、故意に起こした事故であるから、保険会社に免責を認めました(車両保険金を支払う必要はない)。
他方、確定した高裁判決では、居眠り運転による重過失の事故と認定しました。結論としては、地裁、高裁ともに、保険会社の免責を認めています。
事案の概要
事故日 | H24.9.17 |
事故態様 | 対向車線道路脇の電柱に衝突(自損事故) |
争点 | 保険会社に車両保険金の支払い義務があるかどうか |
裁判所の認定(地裁) | 故意の事故であるため、車両保険の支払いを認めず |
裁判所の認定(高裁) | 居眠り運転による重過失の事故であるため、車両保険の支払いを認めず |
考慮要素1(高裁) | 原告は、事故前の記憶がないとする |
考慮要素2(高裁) | 原告の主張は変遷するなど、不自然な点が多い |
考慮要素3(高裁) | 時系列より、一瞬の不注意で生じるような事故とはいえない |
特記事項1(地裁の認定で考慮) | 原告には9年間で7回の事故歴、保険金の請求実績がある |
特記事項2(地裁の認定で考慮) | ノーブレーキの全損事故でありながら、原告にはほとんど受傷がない |
特記事項3(地裁の認定で考慮) | 保険金が支払われれば、原告に約300万円の利得があった |
判決の要旨
控訴審の事故態様の認定
本件事故現場の状況、本件車両の損傷状況及び控訴人の受傷等の事情からすれば、本件車両は、相当程度の速度で走行して、対向車線にはみ出し、ブレーキを掛けることもなく、道路とほぼ平行の角度で電柱南側に正面から衝突したものと認められる。
控訴審の認定した事故原因(居眠り運転)
控訴人本人の供述によっても控訴人は本件事故現場から約500メートル手前の交番を一通り過ぎた後の記憶がないというのであり、これまでに認定説示した本件事故の態様及び現場の状況、本件事故に至る経緯や本件事故発生前後の控訴人の記憶の状況等の諸事情を考慮すれば、控訴人は、道路における危険を引き起こす居眠り運転を続けて本件事故を起こしたものと認めるのが相当であり、本件事故は控訴人の重大な過失によって生じたものというべきである。
【参考】地裁の認定(故意による事故)
本件事故の態様が、雨の降る深夜に、人目につかない場所において、直線道路走行中に対向車線にはみ出して道路脇の電柱に衝突するという、居眠り運転などよほどの過失がない限りは起きることが考え難い事故であること、にもかかわらず、原告はほとんど受傷していないこと、原告は、本件事故以外にも平成15年から平成23年の9年間で7回もの交通事故に遭って保険金を請求していること、本件事故による保険金が支払われれば原告は300万円近く利得し、原告の毎月の利益から見れば相当高額な金額を取得するといえることなど本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、本件事故は原告の故意により招致されたものと推認できる。
判決に対するコメント
疑義のある保険金請求に対する対応
疑義のある保険金の請求事案については、保険会社は厳然とした対応を取ることが通常です。任意段階で保険適用ができない疑義事案と解釈されれば、あとは裁判で争うことも辞さないというのが、一般的な対応です。
本件では、事故歴の多さ(9年間で7回)や保険金と車両価格のバランス(300万円の利得につながる)、人気のない場所で起きた事故だった等といった事情から、疑義事案と把握されたものと解されます。このため、請求が裁判所に持ち込まれたといった流れが想像されます。
控訴審と地裁の認定の違い
地裁判決では、請求者の故意による事故という踏み込んだ認定をしています。そして、事故時に請求者が車両に乗っていなかったという前提で判断をしています。これは、大事故でありながら請求者がほとんど受傷していなかったといった事情に照らしたものと解されるところです。そのような不自然な事故状況からすれば、請求者が故意に起こした事故と解される、という判断枠組みのようです。
他方、控訴審では、乗車していない請求者がどのように事故を起こしたのかが不明であるといった理由や、事故後に請求者が通院していた事情に照らして、地裁の判断理由を採用していません。高裁判決では、請求者が乗車して起こした事故であるという認定をしています。ただし、事故状況からすれば、軽い過失とはいえず、居眠り運転の重過失を認定するという判断になっています。
実際には、理由が異なるだけで、保険金請求の請求棄却の結論は変わりません。具体的な事情に照らして判断理由は変わっているものの、保険金請求が相当とは解されない事案であるという評価は一致していると解されるところです。
補足
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