目次
はじめに
外貌醜状(がいぼうしゅうじょう)とは
交通事故でケガをした場合、顔などにキズが残ることがあります。この傷が大きい場合には、後遺障害に該当します。以前は顔にキズが残った場合の後遺障害等級に男女差があり、平等原則違反などと言われたこともありました(女性の損害の方が大きいとされていました)。しかし、現在では性差はなく、キズの状況のみで等級を判断することになります。
このような顔などのキズの後遺障害のことを、「外貌醜状(がいぼうしゅうじょう)」と総称します。
外貌醜状と後遺障害逸失利益
外貌醜状の場合、「後遺障害逸失利益」が問題になりがちです。後遺障害逸失利益は、要するに、「後遺障害になったことにより、稼働能力が落ちた分を金銭評価する」というものです。
しかし、外貌醜状となると、労働能力がどの程度下がったのか、評価が難しいものです。
例えば、外貌醜状の場合に認定されることがある等級の一つである9級につき、他のケガの場合と比較すると、以下の通りです。
9級9号 1耳の聴力を全く失ったもの
9級16号 外貌に相当程度の醜状を残すもの
顔などにキズが残ったとなれば、事故の被害として大変なものであることは、間違いありません。しかし、例えば、生涯にわたって片方の耳が聞こえなくなってしまったケースと比較すると、労働能力の喪失の程度が全く同じかどうかには、疑問の余地があり得ます。
以上より、外貌醜状のケースで後遺障害逸失利益を請求した場合に、他の損害で同等の等級に該当し場合と同列に損害が認められるかどうか、問題になります。そして、相当数の事例において、「外貌醜状の逸失利益を否定する」という傾向があります。
紹介する裁判例について
今回紹介する裁判例は、交通事故により髪の生え際から眉毛上あたりにまで、53ミリのキズ(線状痕)が残ってしまった事案です。被害者は事故時7歳の未成年でした。外貌醜状による後遺障害逸失利益を否定し、後遺障害慰謝料を増額認定するという判断を行っています(自保ジャーナル1998号21ページ)。
なお、判決文中、「原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。
ちなみに、本サイトに掲載されている同種事案でも、同様の判断方式(逸失利益否定、慰謝料を増額認定)が取られています。
上の事案は、33歳女性の唇上部に線状痕が残ったもの(9級16号)でした。下の事案は、額部にケガが残った事案でした(12級14号)。
事案の概要
事故日 | H27.5.22 |
事故態様 | 丁字路右折進入の自転車と直進の自動車との衝突 |
入通院期間 | 2日入院、約6月の通院 |
主張された症状 | 右前額部裂創など |
後遺障害 | 9級16号 |
争点 | 外貌醜状による後遺障害逸失利益の有無 |
裁判所の認定 | 後遺障害逸失利益を否定した |
考慮要素 | 線状痕は髪型や化粧で目立たなくさせることが充分可能と評価 |
特記事項 | 後遺障害慰謝料につき、外貌醜状の事情より増額した |
特記事項2 | 丁字路進入の自転車の過失を25%とした |
判決の要旨
後遺障害逸失利益の有無について
本件事故により被害者の右前額部に線状痕が後遺障害として残存したこと、線状痕は、髪の生え際から下に向かって概ね直線に数センチメートル伸びた後、右側に緩いカーブを描くように、眉毛の数センチメートル上あたりまで伸び、合計53ミリメートルのものであること、同後遺障害につき、「外貌に相当程度の醜状を残すもの」として別表第二第9級16号に該当すると認定されていることが認められ、被害者の後遺障害の程度は、別表第二第9級16号に該当するものといえる。
もっとも、上記線状痕の部位及び程度からすれば、髪型や化粧などで目立たないようにすることは十分可能であり(髪型に制限が生じるとしても、これにより労働能力の喪失がもたらされるものではない。)、将来における労働能力に直接的に影響を及ぼす蓋然性を認めることはできない。
よって、被害者の逸失利益は認め難い。
就労可能性についての被害者主張に対する裁判所の評価
被害者は、線状痕の存在により性格形成に悪影響を与え、就労できる職種に制限が生じる蓋然性が高まった、髪型を気にしながら行動するのは精神衛生上好ましくない等主張する。そして、被害者の母が、「大きくなるにつれて、顔の傷のことで、からかわれたり、心無い言葉を言われたりするのではないかという不安があります。」、「今は子供ながらにテレビに出るお仕事をしたいということがありますが、そういったお仕事は、もちろんできないだろうとは思います。たとえ、そういう特殊な職業でなくても、人はやはり、最初に顔を見て話すものなので、第一印象で相手に嫌悪感を与えてしまうのではないかということが心配です。」等述べているとともに、被害者の主治医も「髪の毛をアップにする髪型に出来ないという時点で、女の子の精神衛生上もしくは発達上問題になる可能性はある。」、線状痕が「性格形成に及ぼす影響はある」、「髪の毛をアップにする仕事や成人式などの時に気になる」旨意見している。
しかしながら、これらは将来についての抽象的な可能性ないし不安にすぎず、上記線状痕の部位及び程度からすれば、やはり具体的に労働能力への影響が生じているとの蓋然性があるとまでは認められず、採用できない。
後遺障害慰謝料の増額評価について
被害者の後遺障害の程度は、別表第二第9級16号に該当するものである。それに加え、被害者の線状痕の部位及び程度からすれば、髪型等で目立たなくできるとしても、女性として髪型の制限を受けること自体が精神的負担となりうる。また、本件事故当時7歳であった被害者が、今後成長期を迎えていく中で、線状痕の存在を気にして対人関係や対外的な活動に消極的になり、そのことが被害者の性格形成に影響を及ぼす可能性が否定できず、そのことは、【中略】、被害者の主治医も指摘している。そして、具体的に労働能力への影響が生じる蓋然性が認められないとしても、被害者の線状痕の部位及び程度からすれば、将来選択できる職業に一定程度の制約が生じる可能性は否定できない。
以上を踏まえれば、後遺障害慰謝料は、870万円とするのが相当である。
判決に対するコメント
外貌醜状と後遺障害逸失利益
後遺障害逸失利益は、神経症状以外の後遺障害が残存した事案の場合には、最も高額な損害項目となることが多くあります。これは、後遺障害逸失利益は、生涯にわたって稼働能力が低減するという前提での損害評価になるためです。
しかし、逸失利益の算定というのは、将来にありえた所得を概算するという、「一種のフィクション」と評価されます。このため、画一的な算定が可能なようでありながら、実際には事案ごとに大きな変動がありうるものです。
後遺障害と損害が1対1に対応するわけではない
外貌醜状の場合に典型ですが、後遺障害に該当したからといって、損害額がすべて形式的に決まるわけではありません。一般論として、事案ごとの評価になることは避けられず、教科書通りの金額を想定していたら、全く違った評価を受けた、ということもありえます。
昨今では、交通事故の賠償額につき、インターネットの早見表などで概算することも可能です。とはいえ、形式的な算定になじまない事案もあり、賠償の趣旨から解きほぐすと、高額な算定となりにくいことがあります。このような個別的な事情については、弁護士に相談するなどして、しっかりと確認するべきといえます。
なお、簡易な損害賠償額計算プログラムについては、本サイトにも用意されています。よろしければご利用ください。
認定内容一覧表
請求額(円) | 認定額(円) | |
治療費 | 80,590 | 80,590 |
交通費 | 2,088 | 1,566 |
入院雑費 | 3,000 | 3,000 |
入院付添費 | 13,000 | 12,000 |
通院付添費 | 19,800 | 18,000 |
傷害慰謝料 | 1,203,000 | 1,203,000 |
後遺障害逸失利益 | 13,538,036 | 0 |
後遺障害慰謝料 | 6,900,000 | 8,700,000 |
物件損害 | 15,000 | 4,500 |
損害小計 | 21,774,844 | 10,022,986 |
過失相殺考慮 | 20,686,101(5%) | 7,517,240(25%) |
既払金 | ▲80,590 | ▲80,590 |
弁護士費用 | 2,060,551 | 740,000 |
損害額合計 | 22,666,062 | 8,176,650 |
補足
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