判例紹介・交通事故による外貌醜状につき、後遺障害逸失利益を否定した裁判例(東京地裁H28.12.16判決)

はじめに

外貌醜状(がいぼうしゅうじょう)とは

 交通事故でケガをした場合、顔などにキズが残ることがあります。この傷が大きい場合には、後遺障害に該当します。以前は顔にキズが残った場合の後遺障害等級に男女差があり、平等原則違反などと言われたこともありました(女性の損害の方が大きいとされていました)。しかし、現在では性差はなく、キズの状況のみで等級を判断することになります。

 このような顔などのキズの後遺障害のことを、「外貌醜状(がいぼうしゅうじょう)」と総称します。

外貌醜状と後遺障害逸失利益

 外貌醜状の場合、「後遺障害逸失利益」が問題になりがちです。後遺障害逸失利益は、「後遺障害になったことにより、稼働能力が落ちた分を金銭評価する」というものです

 しかし、外貌醜状となると、労働能力がどの程度下がったのか、評価が難しいものです。例えば、外貌醜状の等級の一つである9級につき、他の受傷内容と比較すると、以下の通りです。

9級9号 1耳の聴力を全く失ったもの
9級16号 外貌に相当程度の醜状を残すもの

 顔などにキズが残ったとなれば、事故の被害として大変なものであることは、間違いありません。しかし、例えば、生涯にわたって片方の耳が聞こえなくなってしまったケースと比較すると、労働能力の喪失の程度が全く同じかどうかには、疑問の余地があり得ます

 以上より、外貌醜状のケースで後遺障害逸失利益を請求した場合に、他の損害で同等の等級に該当し場合と同列に損害が認められるかどうか、問題になります。そして、相当数の事例において、「外貌醜状の逸失利益を否定する」という傾向があります

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、交通事故により被害者の唇付近にキズが残ってしまった事案につき、外貌醜状による後遺障害逸失利益を否定し、後遺障害慰謝料を増額認定するという判断を行ったものです(自保ジャーナル1993号91ページ)。

 なお、判決文中、「原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。

 ちなみに、同種事案につき、同様の判断手法(後遺障害逸失利益を否定、後遺障害慰謝料を増額認定)を採用した裁判例につき、以下にリンクを用意しました。

 上の事案は、9級16号の事案ですが、被害者が7歳の女児だった点など、事実関係にいくつかの相違があるものです。下の事案は、12級14号が認定された事案となります。

判例紹介・交通事故による外貌醜状につき、逸失利益を否定して慰謝料で考慮した事案(京都地裁H29.2.15判決)

判例紹介・交通事故による外貌醜状につき、逸失利益を否定して慰謝料で考慮した事案(金沢地裁H28.9.15判決)

 

事案の概要

事故日 H24.10.16
事故態様 直進の自動二輪車と右折の対向車両との衝突
主張された通院期間 約1年3月
主張された症状 左口角口唇裂創、顔面挫創等
後遺障害 9級16号
争点 外貌醜状による後遺障害逸失利益の有無
裁判所の認定 後遺障害逸失利益を否定した
考慮要素 事故前より事故後に所得が増加していた
考慮要素2 顔のケガにより転職の可能性が低くなったとは評価しがたい
特記事項 後遺障害慰謝料につき、外貌醜状の事情より増額した

判決の要旨

後遺障害逸失利益の有無について

 被害者は本件障害を気にして普段マスクを着用しているところ、被害者の年齢(症状固定時33歳)、性別(女性)及び本件障害の程度(自賠法施行令別表第二第9級16号に該当)を考慮すると、本件障害が被害者の労働能力に影響を及ぼしていることは明らかといえる。

 もっとも、被害者の収入は本件事故当時の収入よりも増加していること、本件事故が発生する前の被害者の職歴からすると、本件障害のためにH以外の場所で働くことができなくなった旨の被害者本人の供述を考慮しても、本件事故が発生しなかった場合における被害者の転職の可能性は抽象的なものにとどまるといわざるを得ないことに照らすと、本件障害による逸失利益が具体的に発生したと認めることはできない。

外貌醜状と慰謝料の評価

 被害者が主張する後遺障害による逸失利益は後遺障害慰謝料の加算事由として考慮するのが相当である。

判決に対するコメント

外貌醜状と後遺障害逸失利益

 後遺障害逸失利益は、神経症状以外の後遺障害が残存した事案の場合には、最も高額な損害項目となることが多くあります。これは、生涯にわたって稼働能力が低減するという前提での損害評価になるためです

 このような事情もあり、外貌醜状の場合には、物理的な労働能力の低下が想定しにくいこともあるため、金額評価で厳しい判断が出ることがあります。

 芸能人であれば別ですが、多くの人の場合、顔の傷のみで稼働能力が大幅に低減すると裁判所に認定させることは、難しいこともあります。

後遺障害と損害が1対1に対応するわけではない

 外貌醜状の場合に典型ですが、後遺障害に該当したからといって、損害額がすべて形式的に決まるわけではありません。一般論として、事案ごとの評価になることは避けられず、教科書通りの金額を想定していたら、全く違った評価を受けた、ということもありえます。

 ただし、このような評価は、両面ありえます。例えば、重いむち打ちなど、神経症状の場合、労働能力逸失期間は5年程度と一般的に理解されています。しかし、神経症状が生涯にわたって続くという事情が医学的に証明されれば、数十年にわたる労働能力喪失期間を裁判などで認定してもらうことも、不可能ではありません。

 このように、交通事故の損害算定は、細かい分岐がいろいろとあり得るということが、重要です。

認定内容一覧表(人身損害のみ)

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 299,476 217,369
交通費 282,280 168,430
雑費 39,227 39,277
休業損害 2,025,100 2,025,100
傷害慰謝料 1,500,000 1,500,000
後遺障害逸失利益 16,121,813 0
後遺障害慰謝料 6,900,000 8,300,000
人身損害小計 27,167,896 12,250,126
過失相殺考慮 0 11,637,619
既払い金 ▲9,750,831 ▲9,750,831
人身損害合計 17,417,065 1,886,788

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例