判例紹介・交通事故で軽微事故とされた事案につき、治療期間を受傷から3か月と認定した事案(名古屋地裁H28.9.2判決(H27(ワ)5122号))

はじめに

物件損害額が小さい場合の事故

 交通事故で衝突があったとしても、物件損害額が小さいことがあります。駐車場内の事故や、後進の場合など、移動速度が一般的に低速度と解される場合が典型です

 この場合、被害者が受傷を強く訴えている場合でも、加害者側保険会社がこれを争うことがあります。いわゆる、受傷否認といわれる類型となります。

裁判までの展開

 受傷否認の場合でも、いくつかの類型があります。ある程度紛争が先鋭化した場合の典型的な流れとしては、以下のものと解されます。

  1. 事故後一定時期までは、一括対応にて加害者側の保険会社が治療費を支払っていた
  2. 事故後数か月後の時期に、治療打ち切りとなり、一括対応が終了した
  3. 通院を継続した被害者からの請求に対して、「債務不存在確認請求訴訟」(賠償義務がないことの確認を求める裁判類型です)を、加害者から被害者に提起した
  4. 債務不存在確認に対して、被害者が請求訴訟を反訴で提起する
  5. 2つの事件につき、裁判所が統一的な判断を行う

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、一時停止したタクシーが後退した際に貨物自動車に「逆突」した事案です(自保ジャーナル1988号103頁)。被害者は、約1年2か月通院し、タクシー運転者などに対して、この通院期間に相当する治療費や慰謝料を求めています。これに対し、タクシー運転手などの加害者側は、被害者の受傷自体を争い、通院との相当因果関係も争っています。

 結論としては、事故状況や、事故後の被害者の対応などを総合考慮し、事故から3か月の期間に限定して通院の相当因果関係を認めています。そして、判決では、加害者の保険会社から既払いの治療費が相当額であったため、さらに損害は発生していないとして、被害者からの請求を棄却しています。

 なお、判決文中、「反訴原告」などの表記を、「被害者」などと適宜変更しています。

事案の概要

事故日 H25.10.30
事故態様 タクシーが後進で逆突し、乗車客が受傷したもの
主張された通院期間 約1年2か月の通院
主張された症状 頚椎捻挫、腰椎挫傷、他多数
後遺障害の認定 なし(申請していないと解される)
争点 事故と受傷及び通院の相当因果関係の有無
裁判所の認定 事故による受傷は認めるものの、事故後3か間を治療期間として相当と認めた
考慮要素 診療録に「演技的な印象あり」などの被害者の態様についてのコメントあり
考慮要素2 レントゲンやMRIなどの検査で他覚的所見なし
考慮要素3 遠距離の通院を頻繁に行うなど、「通常では理解し難い行動」

判決の要旨

医師の見解について

 病院の診療録中には、被害者の症状について「神経学的検査時には左手指動かないのですが、入退室時にはスムーズにカバンを持つなど矛盾が存在するようです」【中略】、また「演技的な印象あり」「診察を開始すると動かない」などとの記載もあった。

被害者の主張の信用性について

 被害者は、本件事故により全く傷害を負わなかったとまでは認め難いものの、①【中略】各車両の停車状況(縦列駐車状態)と損傷状況、そこから窺われる衝撃の程度が相当程度に軽微であったと推認できること、②被害者の訴える症状において、レントゲンあるいはMRIなどの検査結果によって、直接、外傷性のものであることが裏付けられているものは認められないこと、③【中略】事故態様に関する被害者の陳述内容は多分に誇張されていると言わざるを得ないうえ、【中略】平成26年3月18日から同年6月1日までの76日間、勤務先へは出勤していなかったものの、わざわざK県e市内からa市内に所在のE病院あるいはF接骨院まで相当高い頻度での通院を続けるなど、通常では理解し難い行動を採っていることなどを勘案すると、被害者の各症状についての主訴それ自体の信愚性はある程度低いものと言わざるを得ない。

治療期間の認定について

 被害者は、本件事故により頸部、左肩、背部、腰椎に傷害(捻挫あるいは挫傷等)を負ったものの、ただ、その程度は軽度のものであって、本件事故から約3ヶ月を超えて、すなわち平成26年1月31日を超えて治療が必要となるような傷害を負ったことまでは認められない。

判決に対するコメント

治療期間の認定について

 車両の損傷状態など、客観的に観察される事故の規模が小さいと、人身損害の規模も、どうしても小さいものと判断されがちです。そのような前提からスタートして、他覚的所見がなかったり、実際に診察にあたった医師が「演技的な印象あり」などと診療録を残しているとなると、裁判所に長期間の通院の必要性を認めさせるには、相当困難であるように思われます。

 理屈を詰めていくと、保険会社から、支払いすぎの金銭については返還せよという請求がなされることすら予想されます(実際にはそのような請求がなされることは珍しいとは思われますが)。弁護士費用特約がある場合でも、裁判を行い、尋問手続を経ても支払いが受けられるものがないというのは、負担が重いものです。一般論としては、裁判手続となった場合でも、どこかで和解して終了させることができれば、尋問などの負担は軽減できます。とはいえ、受傷否認の事案となると、加害者側保険会社の主張方針も硬化することがあり、容易に和解できないこともあるものです。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 2,614,574 912,793
交通費 435,871 5,680
文書料 3,000 0
休業損害 903,524 176,416
傷害慰謝料 1,211,000 650,000
小計 4,729,098 1,744,889
既払金 ▲3,313,565 ▲3,313,565
弁護士費用 160,590
合計 1,576,123 0

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例