民事訴訟手続により子の引き渡しを求めたことが権利濫用にあたるとされた事例(最高裁平成29年12月5日決定)

はじめに

離婚するための親権者の取り決め

 夫婦が離婚するためには、子どもがいる場合には親権者を決めなければなりません。親権者は、子どもと同居するなどして、離婚後も子どもの監護に当たることが一般的です。ただし、例外もあります。経済的な事情などにより、親権者と実際の子どもの監護権者が一致しないというケースもあります。

 離婚後に、親権者が変更になることもあります。子の監護権者が元夫婦間で変更されることもあります。元夫婦の双方が合意して、このような変更手続が進めば穏便です。他方、元夫婦の一方が子の監護を希望するような場合は、裁判所での手続が避けられないことも多いものです。

子の引き渡しを求める方法

民事訴訟による方法

 子の引き渡しを求める方法には、いくつかのものがあります。かなり古い裁判例により、民事訴訟による方法も認められています(最高裁昭和35年3月15日第三小法廷判決など)。ただし、民事裁判なので、家庭裁判所調査官による調査が予定されていません。子どもの意思確認を充分に行えるかというと、制度的な限界があります。

家庭裁判所に「子の監護に関する処分」を求める方法

 家庭裁判所の調停手続などです。調停の場合は、裁判所選任の調停委員が入り、話し合いによる合意をまずは目指します。必要に応じて、児童心理学などに通じた家庭裁判所調査官による調査が行われます。子どもに関する決定を行う場合にはオーソドックスな手続と解されます。

紹介する裁判例について

 今回紹介する決定例は、離婚後の夫婦で、親権者と監護権者が分離していた事案です(親権者:父、監護権者:母)。そして、父側が、家庭裁判所の手続ではなく、あえて民事訴訟により子の引き渡しを求めました。(判例タイムズ1446号62ページ)。

 しかし、離婚後の経緯などに照らして、民事訴訟による方法を権利の濫用であるとして、子の引き渡しを認めませんでした。

事案の概要

争点 民事訴訟により子の引き渡しを求めることができるか
原審の判断 民事訴訟によること自体が不適法であるとして却下
最高裁の判断1(本件) 民事訴訟により子の引き渡しを求めること自体は適法である
最高裁の判断2(本件) 離婚後の経緯により、請求は権利の濫用に当たるため、子の引き渡しは認められない
考慮要素1 離婚後、母は単独で約4年間、子の監護に当たってきた(子は現在7歳)
考慮要素2 母は、親権者の変更を求める調停を提起している
考慮要素3 父の請求につき、家庭裁判所の手続によらないことの合理的な理由がない
特記事項 親権者父、監護権者母の事案

決定の要旨

民事訴訟の方法により子の引き渡しが求められるかどうか

 離婚した父母のうち子の親権者と定められた一方は、民事訴訟の手続により、法律上監護権を有しない他方に対して親権に基づく妨害排除請求として子の引渡しを求めることができると解される(最高裁昭和35年3月15日第三小法廷判決・民集14巻3号430頁、最高裁昭和45年5月22日第二小法廷判決・判例時報599号29頁)。

本件の経緯についての評価

 本件においては、長男が7歳であり、母は、抗告人と別居してから4年以上、単独で長男の監護に当たってきたものであって、母による上記監護が長男の利益の観点から相当なものではないことの疎明はない。

 そして、母は、抗告人を相手方として長男の親権者の変更を求める調停を申し立てているのであって、長男において、仮に抗告人に対し引き渡された後、その親権者を母に変更されて、母に対し引き渡されることになれば、短期間で養育環境を変えられ、その利益を著しく害されることになりかねない。

 他方、抗告人は、母を相手方とし、子の監護に関する処分として長男の引渡しを求める申立てをすることができるものと解され、上記申立てに係る手続においては、子の福祉に対する配慮が図られているところ(家事事件手続法65条等)、抗告人が、子の監護に関する処分としてではなく、親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求める合理的な理由を有することはうかがわれない。

結論

 上記の事情の下においては、抗告人が母に対して親権に基づく妨害排除請求として長男の引渡しを求めることは、権利の濫用に当たるというべきである。

決定に対するコメント

民事訴訟と家裁の手続は両方認められる

 裁判所の決定により、民事訴訟の方法により子の引き渡しを求めるという方法は、認められるとされています。

 かなり古い裁判例により温存されている枠組ではありますが、これをあえて否定するだけの根拠もなかったということでしょう。

「子の引き渡し等は家庭裁判所に求めよ」というメッセージではないか

 ただし、最高裁の補足意見の書きぶりなどによると、「子に関する処分は、家庭裁判所でやるべき」という価値判断が透けて見えます。

 裁判所の決定で、「権利の濫用」という一般条項により請求を退けるということは、あまりありません。それにも関わらず、概略、「家庭裁判所の手続によらず、親権に基づく妨害排除請求を認める合理的な理由がない」といった内容等、比較的簡単な理由付けで、一般条項の根拠としています。

 このような決定の内容からすると、今後は、民事訴訟により子の引き渡しを求めたとしても、よほどの事情がない限り、受付段階で難色を示されるといったことも想定されます。とはいえ、そのような扱いは、家庭裁判所の手続の柔軟性を考えるに、無理のないものともいえます。

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

離婚

離婚等に関する裁判例

最近の最高裁などの重要判例