目次
はじめに
配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(いわゆるDV防止法)とは
いわゆる「DV防止法」と呼ばれる法律があります。正式名称は、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律」という、長いものです。
夫婦間の暴力(特に男性から女性に対するもの)を抑止するため、各種の規定がなされています。平成13年に成立した法律であり、比較的新しい法制度といえます。
保護命令とは
いわゆる「DV防止法」について、裁判所の事件となるのは、「保護命令」の発動に関することが多いものです。
保護命令とは、配偶者間などでDVが疑われる場合に、地方裁判所の命令により、6か月間の接近を禁止するなど、個人の自由を制約することができるものです。一時的であっても当事者同士の接近を禁止などすることで、更なる暴力の発生を避けることを目的としています。
この命令を求める場合は、申立人がDVの事情を書面で示す必要があります。暴力の状況を示す写真や、診断書などが提出されることが想定されています。
裁判所から保護命令が出された場合、この命令に反すると、1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処されることがあります。
配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律10条(保護命令)
* 読みやすさの便宜上、カッコ内の規定などを一部省略しています
1項 被害者が、配偶者からの身体に対する暴力を受けた者である場合にあっては配偶者からの更なる身体に対する暴力により、配偶者からの生命等に対する脅迫を受けた者である場合にあっては配偶者から受ける身体に対する暴力により、その生命又は身体に重大な危害を受けるおそれが大きいときは、裁判所は、被害者の申立てにより、その生命又は身体に危害が加えられることを防止するため、当該配偶者に対し、次の各号に掲げる事項を命ずるものとする。ただし、第2号に掲げる事項については、申立ての時において被害者及び当該配偶者が生活の本拠を共にする場合に限る。
- 命令の効力が生じた日から起算して6月間、被害者の住居(当該配偶者と共に生活の本拠としている住居を除く。以下この号において同じ。)その他の場所において被害者の身辺につきまとい、又は被害者の住居、勤務先その他その通常所在する場所の付近をはいかいしてはならないこと。
- 命令の効力が生じた日から起算して2月間、被害者と共に生活の本拠としている住居から退去すること及び当該住居の付近をはいかいしてはならないこと。
2項 前項本文に規定する場合において、同項第1号の規定による命令を発する裁判所又は発した裁判所は、被害者の申立てにより、その生命又は身体に危害が加えられることを防止するため、当該配偶者に対し、命令の効力が生じた日以後、同号の規定による命令の効力が生じた日から起算して6月を経過する日までの間、被害者に対して次の各号に掲げるいずれの行為もしてはならないことを命ずるものとする。
- 面会を要求すること。
- その行動を監視していると思わせるような事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
- 著しく粗野又は乱暴な言動をすること。
- 電話をかけて何も告げず、又は緊急やむを得ない場合を除き、連続して、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、若しくは電子メールを送信すること。
- 緊急やむを得ない場合を除き、午後10時から午前6時までの間に、電話をかけ、ファクシミリ装置を用いて送信し、又は電子メールを送信すること。
- 汚物、動物の死体その他の著しく不快又は嫌悪の情を催させるような物を送付し、又はその知り得る状態に置くこと。
- その名誉を害する事項を告げ、又はその知り得る状態に置くこと。
- その性的羞しゆう恥心を害する事項を告げ、若しくはその知り得る状態に置き、又はその性的羞恥心を害する文書、図画その他の物を送付し、若しくはその知り得る状態に置くこと。
紹介する裁判例について
今回紹介する裁判例は、配偶者が保護命令を受け、自身の子の住居周辺などを「はいかい」することが6か月間禁止された事例でした。(判例タイムズ1440号159ページ)。この配偶者が、子どもが行っている学校の校長宛に手紙を渡すために学校の敷地に約8分間入ったとの事情につき、「はいかい」に当たるとされ、刑事訴追を受けました。
一審では有罪判決となったところ、控訴審にて「はいかい」の意味する内容が検討され、事案の事実関係では「はいかい」に該当しないとのことで、無罪となりました。
事案の概要
争点 | DV防止法10条の「はいかい」の定義 |
問題とされた行動 | 子どもが通学する学校の校長に手紙を渡すため、学校の敷地に約8分間滞在した |
原審の判断 | 「はいかい」に該当するため、有罪 |
控訴審の判断 | 「はいかい」に該当しないため、無罪 |
考慮要素 | 被告人の行動は「はいかい」の定義に合致しない |
考慮要素2 | 手紙を渡すことにかこつけて、子どもに面会しようとした事情はない |
考慮要素3 | 教頭に手紙を渡し、同人に見送られて約8分間で変えるなど、穏やかな行為だった |
決定の要旨
DV防止法10条の「はいかい」の定義
DV防止法10条の前記趣旨,目的に照らせば,子に対する接近禁止命令は,被害者の子の身辺につきまとうことのように,それによって被害者に配偶者との面会を余儀なくさせるような行為を禁じたものであって,前記用語の字義からしても,DV防止法10条3項及びこれに基づく子に対する接近禁止命令における「はいかい」とは,理由もなく被害者の子の住居,就学する学校その他通常所在する場所の付近をうろつく行為,をいうものと解するのが相当である。
そうすると,子に対する接近やこれを手段とした被害者への接近の目的がある場合は格別,それ以外の目的で子の通常所在する場所の付近に赴き,当該目的に必要と認められる限度で同所に所在する行為は,「はいかい」には当たらないというべきである。
問題となった行為の概略
本件行為は,原判決も判示するとおり,校長宛ての手紙を手渡す目的で,本件学校を訪れ正門から敷地内に入り,エントランスロビー内で上記手紙を教頭に渡した後,教頭に見送られて,本件学校を後にするまで約8分間にわたり本件学校の敷地内に所在したというものである。
上記手紙の内容は,本件保護命令に対する不満を背景に,長男の人格形成上,父子間の交流の継続が重要であるとの考えを示し,長男の最善の利益を実現する方策について,学校に出向いて校長に相談したいなどとするものであるが,直ちに長男と会わせるよう求めるものではなく,手紙を渡したり,校長と面談したりすることを口実に,長男を連れ戻そうとし,あるいは,そのことを通じ,妻が面会を余儀なくされる状況を作出しようとする目的もうかがわれない。
また,被告人は,本件行為の際正門から敷地内に入ると直ちにエントランスロビーに向かい,同所で教頭に上記手紙を渡すと,同人らに正門まで伴われ,そのまま本件学校を後にしており,その間,周囲を見回すなどする様子を一切見せることもなく,本件学校の敷地内にいた時間も約8分間で,上記手紙を渡すために必要な時間にとどまっている。
問題となった行為が「はいかい」に該当するか
以上によれば,被告人が,本件学校を訪れた目的は,上記手紙を渡すためであり,被告人に上記以外の目的が存在したと認めるに足りる証拠もなく,かつ,本件行為は,上記目的に沿った短時間の行動であったといえる。
したがって,本件行為は,「理由もなく長男の通常所在する場所の付近をうろつく行為」には当たらず,本件保護命令で禁止された「はいかい」には該当しないものというべきである。
判決に対するコメント
離婚問題で警察が出てくる事案
離婚問題がこじれると、警察の出番となることがあります。子どもの奪い合いが典型ですが、本件のように、保護命令を前提に、その違反を主張するようなケースもあります。
警察としても、被害届が出されるなどすれば、これに対応せざるを得ないところでしょう。DV関係の事案は、後に大きな事件に発展するおそれもあるため、警察の適切な対応が求められる事案もあります。
とはいえ、本件の事実関係を読む限り、検察が起訴したことには若干の驚きもあります。地裁段階では有罪ですので、執行猶予判決とはいえ、これが確定した場合の不利益は、多大なものがあったといえます。
控訴審の判断について
控訴審は、「はいかい」の字義に戻り、できるだけ処罰対象となる行為を明確にしようとしています。これは、保護命令が個人の自由を制約する重大な結果を伴うものである以上、当然の姿勢といえます。刑事裁判の原則に戻ったとも評価できるでしょう。
他方、地裁段階の判断だと、「はいかい」に当たりうる行為につき、広範になってしまうおそれがあったところです。この判決が確定してしまうと、保護命令後の行動に対する、警察介入の前例ができたとも評されるところです。
この点につき、保護命令の趣旨を無視した接触行為であれば、処罰を受けても当然です。しかし、裁判の事案は、学校敷地に8分間入っただけ、それも侵入などではなく、実際に教頭先生の対応を受けていたといった事実関係でした。このため、抑制的な判断である控訴審判決が確定したことは、一般論としては、望ましかったというべきでしょう。
補足
以下のページも、よろしければご覧ください。