目次
はじめに
婚姻費用の原則
夫婦が別居した場合、収入の大きい一方配偶者は、他方配偶者に対して生活費を負担する義務を負います。これが「婚姻費用」とよばれるものです。婚姻費用は、夫婦の実際の所得額や、子どもの数や年齢により変動するものです。
婚姻費用の具体的金額は、夫婦間で話し合いができれば、その内容で決定します。ただし、別居している夫婦ということもあり、当事者同士の話し合いには限界があることも多いものです。
この場合、裁判所の調停や審判といった手続により、金額を決めることになります。そして、調停など話し合いができない場合には、裁判所が「算定表」と呼ばれる基準表を参照して、金額を決定することになります。
算定表の内容
算定表では、画一的な金額算定が可能になるように作成されています。夫婦双方の所得額を表にあてはめることで、ある程度機械的に婚姻費用の金額を決めることができます。
ただし、この図表は感覚的に作成されているものではありません。実際には、表に記載されている具体的な数値は、いくつかの変数を数式にあてはめた結果として出てきているものです。
算定表の根拠式
算定表では、以下のような趣旨の数値計算が行われています。
- 婚姻費用の支払い義務者の総収入を認定する
- 総収入を基礎に、標準的な公租公課の割合を算定して控除する
- 職業費及び特別費用を統計表から算出して総収入から控除する
- 1〜3により得られた金額を「基礎収入」とする
- 基礎収入をもとに、生活費指数から標準的な夫婦の生活費を算定する
- 5の金額から「婚姻費用の権利者の収入から算定される基礎収入」を控除して、義務者の具体的婚姻費用負担額を確定する
このため、表によらなくても、数式にあてはめていくことで、具体的な婚姻費用を計算することは可能です。
算定表の限界
算定表は、スペースの都合もあり、高額所得者の場合まで網羅したものではありません。このため、算定表を調べても、具体的な婚姻費用の金額がわからないというケースも出てきます。実際には、支払い義務者の年収が2000万円を超えてくると、算定表は使えません。
このような場合には、算定表の背景にある数値計算に戻って、具体的な婚姻費用の算定を行う必要があります。
今回紹介する裁判例について
今回紹介する事案は、婚姻費用の支払い義務者の所得が2000万円を超え、約4000万円だったというものです。調停では具体的な金額が合意されなかったため、裁判所が婚姻費用の算定方式の原則に戻って、いろいろと数値計算をして、具体的な金額を決定しています(判例タイムズ1436号113ページ)。
決定の中では、高額所得者の場合、収入の相当額が貯蓄に回っているという観点から、職業費及び特別経費の控除割合を算定表の原則的な数値からは減額させつつ、収入に占める貯蓄率を想定し、その割合相当の金額を総収入から控除しています。
事案の概要
争点 | 相当な婚姻費用の金額 |
裁判所の判断 | 月額20万円の婚姻費用支払い義務を認めた |
前提事実 | 義務者の年収は約4000万円 |
前提事実2 | 権利者の年収約75万円 |
前提事実3 | 夫婦には15歳以上の子が2人いる |
判断方法 | 算定表の上限を超えているため、算定表は使えない |
判断方法2 | 義務者の総収入から税金及び社会保険料の実額を控除 |
判断方法3 | 職業費、特別経費を割合的に控除 |
判断方法4 | 貯蓄分を控除 |
特記事項 | 原審には計算ミスがある |
決定の要旨抜粋
婚姻費用の算定方法について
この額(約4000万円の義務者年収)は、いわゆる標準算定表(判例タイムズ1111号285ページ参照)の義務者の年収の上限額2000万円を大幅に超えていることに鑑み、義務者の基礎収入を算定するに当たっては、税金及び社会保険料の実額(約1350万円)を控除し、さらに、職業費、特別経費及び貯蓄分を考慮すべきである。
決定に対するコメント
婚姻費用の算定方法
数値計算がやや複雑で難しいところですが、裁判所は、概略、以下のような数値算定を行っています。
項目 | 金額(円) | 備考 |
①夫の給与収入総額 | 39,399,067 | 不動産収入を割合で給与換算 |
②社会保険料 | 13,489,317 | 実際の支払額 |
③職業費 | 7,454,303 | 収入費18.92% |
④特別経費 | 6,461,447 | 収入費16.40%、貯蓄要素を一部加味 |
⑤貯蓄分 | 1,813,682 | 可処分所得の7% |
⑥夫の基礎収入 | 10,180,318 | ①から②~⑤の合計を控除 |
⑦妻の基礎収入 | 316,727 | 年収754,113円、基礎収入率42% |
⑦婚姻費用 | 200,000 | 夫婦の基礎収入から概算 |
なお、基礎収入から婚姻費用の月額を概算するために使用した数式は、以下のとおりです。こちらは、基礎収入から婚姻費用を算定する際に用いられる、通常の数式です。
{(316,727+10,180,318)×100÷(100+100+90+90)-316,727}÷12≒203,804
実際の婚姻費用の評価
裁判所としては、過去の事例などを参照しながら、不自然に高すぎず、安すぎない数値を算定するために、いろいろと統計を参照しながら算定を行ったものと予想されます。そして、結果的に得られた数値は、これまの事例とも符合するものとなったようです。
婚姻費用算定表の上限を超えた場合に、それまで考慮されていない「貯蓄分」を追加的に控除してよいのかなど、問題を指摘する余地はあり得るでしょう。とはいえ、具体的な数値の収まりとしては不自然ではありません。
また、貯蓄率を問題にしているのは、「本来特別経費などで一定率で織り込まれていると解されるものを、さらに取り出して検討した」と理解されるものです。このため、理論的にも整然とした内容になっているように解されるところです。
補足
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