はじめに

強制わいせつ罪とは

 刑法176条では、強制わいせつ罪が規定されています。

第176条(強制わいせつ)
 13歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

 東京大学名誉教授で、今回の裁判にも関与した山口厚・現最高裁判所判事の著書である「刑法(第3版)」(有斐閣)によると、同法については、以下のような解説がなされています。

 まず、強制わいせつ罪の保護法益は、「本人の性的自由」とされます。また、「わいせつな行為」の定義は、「性的な意味を有し、本人の性的羞恥心の対象となるような行為」とされます。

強制わいせつ罪と「性的意図」

 強制わいせつ罪の成立のためには、最高裁判所は、「犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図」が必要としていました(最高裁S45.1.29判決)(以下では、「昭和45年判例」とします)。

 この事件の事実関係は、概略、以下のようなものでした。

  1. 被告人は、被害者女性の手引きにより、内縁の妻に逃げられたものと考えた
  2. 被告人は、被害者女性を詰問するため、同人をアパートの一室に呼び出した
  3. 被告人は、被害者女性に報復し、侮辱する意図で、硫酸をかける素振りを示すなどして、「5分間裸で立っておれ」などと強要した
  4. 被告人は、被害者女性の裸の写真を撮影した(殊更に性的な姿勢を取らせるなどはしていないようだ)

 この事件では、最高裁は、強要罪(223条)の成立は否定していません。しかし、上記のとおり、強制わいせつ罪の成立のためには「性的意図」が必要であるとして、同罪の成立を認めませんでした

 この事件は、典型的な性被害の事案とは異なるようにも解されるものです。大多数の性被害の事案では、犯人に「性的意図」が存在するでしょうし、裁判所もそのように認定すると解されます。

 結局、同種事案(客観的にはわいせつな行為の被害に遭っているが、加害者に性的意図が薄い)が最高裁まで争われることもなく、昭和45年判例は、平成29年に至るまで生きていました。

今回紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、未成年者(当時7歳の女児)の性被害に関するものでした。なお、犯人は山梨県の男で、山梨県内の犯行でした。

 この控訴審判決で、大阪高等裁判所は、上記の昭和45年判例を踏襲することを否定しています。「被告人に性的意図があったと認定するには合理的疑いが残る」と認定しつつ、「強制わいせつ罪の成立に『性的意図』は不要」と踏み込んだうえで、強制わいせつ罪の成立を認めました。

 そうなると、弁護人としても、判例違反を理由に、上告することになりました。かくして、強制わいせつ罪の成立に性的意図が必要かどうか、昭和45年判例が維持されるべきものかどうか、最高裁判所にて正面から問題となりました

最高裁大法廷H29.11.29判決(H28(あ)1731号事件)

事案の概要

問題となった被告人の行為の概要

 被告人が、インターネットを通じて知り合ったAからお金を借りようとした。Aは、借り入れのための条件として、「被害者少女とわいせつな行為をし、その状況を撮影して、画像データを送付すること」を求めた。被告人はこれに応じ、被害者の少女に対してわいせつな行為に及んだ。

 地裁及び高裁は、「借金のために被害者少女に対してわいせつな行為に及んだ被告人に、性的意図があったと認定するには合理的疑いが残る」と認定しつつも、被害者の被害状況などから判断して、強制わいせつ罪の成立を認めた。

認定内容等一覧

争点 強制わいせつ罪が成立するために、「性的意図」が必要かどうか
最高裁の判断 「性的意図」は不要(昭和45年判例を否定した)
判断過程 昭和45年からの、性犯罪に関する社会的評価の変化を考慮すべきとした
判断過程2 今日では、強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべき、とした
判断過程3 故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でない、とした
特記事項 被告人は山梨県の男(第一審の管轄は神戸地裁)

判決の要旨

昭和45年判例の問題点

 現行刑法が制定されてから現在に至るまで,法文上強制わいせつ罪の成立要件として性的意図といった故意以外の行為者の主観的事情を求める趣旨の文言が規定されたことはなく,強制わいせつ罪について,行為者自身の性欲を刺激興奮させたか否かは何ら同罪の成立に影響を及ぼすものではないとの有力な見解も従前から主張されていた。

 これに対し,昭和45年判例は,強制わいせつ罪の成立に性的意図を要するとし,性的意図がない場合には,強要罪等の成立があり得る旨判示しているところ,性的意図の有無によって,強制わいせつ罪(当時の法定刑は6月以上7年以下の懲役)が成立するか,法定刑の軽い強要罪(法定刑は3年以下の懲役)等が成立するにとどまるかの結論を異にすべき理由を明らかにしていない。また,同判例は,強制わいせつ罪の加重類型と解される強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明も特段付していない。

昭和45年判例に変更の余地がある根拠

 元来,性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には,社会の受け止め方を踏まえなければ,処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えられる。諸外国においても,昭和45年(1970年)以降,性的な被害に係る犯罪規定の改正が各国の実情に応じて行われており,我が国の昭和45年当時の学説に影響を与えていたと指摘されることがあるドイツにおいても,累次の法改正により,既に構成要件の基本部分が改められるなどしている。こうした立法の動きは,性的な被害に係る犯罪規定がその時代の各国における性的な被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示すものといえる。

 これらのことからすると,昭和45年判例は,その当時の社会の受け止め方などを考慮しつつ,強制わいせつ罪の処罰範囲を画するものとして,同罪の成立要件として,行為の性質及び内容にかかわらず,犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとに行われることを一律に求めたものと理解できるが,その解釈を確として揺るぎないものとみることはできない。

日本国内の刑法の規定の変更状況など

 そして,「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号) は,性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識に合致させるため,強制わいせつ罪の法定刑を6月以上7年以下の懲役から6月以上10年以下の懲役に引き上げ,強姦罪の法定刑を2年以上の有期懲役から3年以上の有期懲役に引き上げるなどし,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)は,性的な被害に係る犯罪の実情等に鑑み,事案の実態に即した対処を可能とするため,それまで強制わいせつ罪による処罰対象とされてきた行為の一部を強姦罪とされてきた行為と併せ,男女いずれもが,その行為の客体あるいは主体となり得るとされる強制性交等罪を新設するとともに,その法定刑を5年以上の有期懲役に引き上げたほか,監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設するなどしている。

 これらの法改正が,性的な被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映したものであることは明らかである。

昭和45年判例を破棄する結論

 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。

「わいせつな行為」の評価のあり方について

 もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。

 その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。

 そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。

「性的意図」の位置づけ(考慮要素だが、犯罪成立の要件ではない)

 そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。

 したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。

本件で問題になった行為の具体的評価

 そこで,本件についてみると,【被告人の行為を引用】は,当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまでもなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明らかであり,強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相当である。

判決に対するコメント

刑法の争点が一つ消えた

 上では、判決のかなりの部分を引用しています。結果として、長文となっています。最高裁も気合を入れて、かなり言葉を尽くして昭和45年判例を破棄しているため、省略することが難しいものでした。

 結論としては、今後は、強制わいせつ罪の成立に関して、「性的意図」の有無を問題にする必要がなくなりました。刑法の教科書の記述も変わることになるでしょう。

解釈論の原則に従った判断

 最高裁の判断自体は、妥当なものだったと解されます。強制わいせつ罪の条文には、そもそも故意以外の「性的意図」を規定していません。罪刑法定主義の大原則より、刑法の規定は、読んでその意味が誰にでもわかるものでなければなりません。「中学生が一読して意味がわかる規定となっていることが望ましい」などという評価もあります。

 そうであれば、内容が必ずしも明確ではない「性的意図」という要件を、「なぜが強制わいせつ罪に限って」犯罪の成立のために必要としていた昭和45年判例は、妥当ではなかったといえます(強制わいせつ罪よりも刑が重い強姦罪では、このような要件が必要とはされていません)。

 また、強制わいせつ罪の保護法益とされる「本人の性的自由」が侵害されたかどうかは、被害状況により判断されるべきで、犯人の意思とは関係がないと理解するべきという考えが、学説ではかなり有力なものだったようです。

 今回の判決で、この問題点がようやく解消された、いったところです。判決文では、性犯罪に関する社会の受け止め方の社会の変化などにも言及していますが、そこまで言うこともなかったようにも思われます。単純に条文に加重するかのような「性的意図」という評価概念は不要である、という言い方もあったと思われますが、そこには過去の裁判所の判断を破棄する際の作法があったのかもしれません。

裁判制度上の問題

 昭和45年判例は、犯行目的が「報復などのための嫌がらせ」だったということに引っ張られすぎていたようにも解されるところです。とはいえ、一度最高裁の判断で出てしまうと、同種の事案が最高裁に上がってくるまで、裁判所がこれを公的に覆す方法はありません(法改正があれば別ですが)。

 昭和45年判例があったために、同種事案では、実務では以下のような対応があったものと推定されます。

  1. 被告人が性的意図を否定する事案でも、犯行態様から性的意図を広く認定する
  2. 性的意図が問題になりそうな事案では、検察が、強要罪の限りで起訴する(量刑で他の事案とのバランスを図る)

 このような対応があったとすれば、それは、事例判断でしか法解釈ができない、日本の裁判制度にも由来する問題といえます。

補足

最近の最高裁などの重要判例