目次
はじめに
コンサート主催者の責任
一般論として、音楽のコンサートを主催する者は、このイベントが円満に行われるように適切に対処する義務があると言えます。
よって、当該コンサートに相応しくない観客がいた場合には、その観客に注意したり、程度がひどい場合には退場させるなどの措置が必要なこともあるでしょう。とはいえ、その「相応しくない」という内容の線引きは、事案によって異なるというべきです。統一的な基準を見出すことは、容易ではないでしょう。
紹介する裁判例について
今回紹介する決定例は、アイドルコンサートにおいて、一部観客の、いわゆる「オタ芸」が問題となったものです。(判例タイムズ1441号37ページ)。
このような一部観客の存在を嫌った他の観客が、コンサートの主催者に対して、適切な措置をしなかったことによる損害賠償支払いを求めた、という事案です。請求者(原告及び控訴人)は、オタ芸を行うような観客は、主催者側が退場させ、平穏な環境を確保するべきであるという考えだったようです。
しかし、結論としては、裁判所はコンサート主催者側の裁量権を相応に認め、「オタ芸」を除去する義務までは生じないとしました。結果として、請求は棄却されています。
請求者は上告したようですが、上告受理とならず、棄却されています。
事案の概要
争点 | 当該コンサートの主催者は「オタ芸」の除去義務を負うのか |
原審の判断 | 義務を負わない(原告の請求棄却) |
高裁の判断 | 義務を負わない |
考慮要素 | 一般論として、コンサート主催者に観客の鑑賞環境を整備する義務を認めた |
考慮要素2 | 当該コンサートにつき、「オタ芸」を禁止する方針は採用されていなかった |
判決の要旨
コンサート主催者の義務一般
本件コンサート契約の主催者であり,控訴人との間で同契約を締結した被控訴人会社らは,同契約に基づき控訴人に対し,本件コンサートにおける楽曲等の鑑賞に適する環境を維持し,これを害する要因があれば,その除去に向けて適切に対処する一般的な義務を負うものと解される。
コンサート主催者の裁量の範囲
被控訴人会社らは,本件コンサート開催に当たっては,観客の鑑賞態度として許容される範囲をどのように設定するかについて,裁量権を有するということができる。
すなわち,観客による楽曲等の鑑賞については,その楽曲,出演者等の性質ないし観客による鑑賞に対する価値観の多様化等に応じて,さまざまな態様があり得る。そして,対価を支払う多数の観客間において鑑賞の態様が異なる場合には,観客が他の観客の鑑賞態度に対して種々の考えをもつであろうことは,コンサートの主催者において容易に想定されるところではあるが,当該主催者からみれば,どの観客も等しく対価を支払う観客であるから,ある観客が,他の観客の鑑賞態度を迷惑であると考えたからといって,ただちに当該主催者につき,当該他の観客を退場させる債務が法律上成立するとはいえない。
当該コンサートについてのあてはめ
証拠【略】及び弁論の全趣旨によれば,アイドルのコンサートにおいては,一部の観客によるオタ芸が行われることがあるところ,中にはこれを禁止し,違反する者に退場を求める場合もある旨をあらかじめ観客に告知する例があること,インターネットを通じて流布される意見の中には,体を激しく動かすなどかけ声以外の行為を念頭に置いたものもあるが,オタ芸一般を迷惑行為として強く非難する意見もあること,その反面,観客によるかけ声は,コンサートの雰囲気を高揚させる側面もあること,被控訴人会社らとしては,本件コンサートにおいて,観客がかけ声を出すことを禁止する方針は採っていなかったこと並びに本件コンサートの演奏の途中で大声を発する者は,観客全体の約1割程度であり,複数演奏された楽曲の中には,控訴人が歌詞の一部(最大3割程度)を聞き取れないと認識したものがあったことが,それぞれ認められる。
しかしながら,本件全証拠によっても,被控訴人会社らが,控訴人に対し,本件コンサート契約において負担する債務として,オタ芸をする者を必ず退場させることを明示的に約束したとは認められない。 このような本件の事実関係を前提とする限り,本件コンサートは,観客によるかけ声を全く許さないという前提で行われたものではないから,かけ声の程度を考慮しても,被控訴人会社らは,本件コンサートにおいて,観客である控訴人に対し,演奏を鑑賞させるという本件コンサート契約所定の債務を履行したものと認めるのが相当である。したがって,被控訴人会社らの行為を債務不履行ということはできない。
判決に対するコメント
コンサートなど、複数当事者が存在するトラブルの調整について
本件の結論は、やむを得ないものと解されます。いわゆる「オタ芸」を一切禁止して宣伝されたコンサートであれば別論です。他方、いわゆるアイドルのコンサートで、いろいろな観客が存在することが想定されるものにつき、主催者が特定の「オタ芸」のような鑑賞方法を行う観客を除去すべき義務を負うとは考えることは、難しいでしょう。
なお、裁判所の判決で「オタ芸」という記述が繰り返し用いられていて、比較的珍しい事案と解されます。
憲法違反について
請求者は、幸福追求権を侵害されたなどと、憲法違反の主張もしていました。
しかし、憲法は国または公共団体と個人との関係を規律するものです。よって、私人間のトラブルには、適用されないことが原則です(いわゆる「間接効力説」)。おそらく請求者には代理人弁護士が就任していなかったと解されるところ、主張として残っていたと予想されます。
裁判所としても、憲法違反の主張は判決で取り上げてはいるものの、簡単な記述で棄却しています。
おわりに
平成30年最初の投稿でしたがは、ややイレギュラーな内容の裁判例紹介となりました。1月17日放送の「ねほりんぱほりん」(出演者:トップオタ)を見た影響かもしれません。
本年もよろしくお願いいたします。