目次
はじめに
離婚事件で、別居中の金銭支払い義務である「婚姻費用」についてモメることがよくあります(多くの場合、夫から妻への支払いとなります)。この金額を確定する際に、家庭裁判所の調停や審判では「算定表」という表を用いて、所得状況から客観的に金額を決めることが通常です。
とはいえ、算定表は平均的な世帯を前提とした試算表であるため、「特別な事情」による増額や減額が求められることが、しばしばあります。この内容につき、ある程度網羅的に判断した審判が、判例タイムズ1431号に掲載されていたため、簡単に紹介します。
なお、当事者の表記を、便宜上、「夫」「妻」などとしています。
事案の概要
婚姻期間 | 約20年と解される |
別居時期 | H25ころ |
子について | 未成年子1人(妻と同居) |
別居期間 | 審判時点で約2年 |
婚姻費用請求の方向 | 妻→夫 |
争点1 | 婚姻費用の支払い義務の始期 |
争点2 | 21歳の長男(学生)を未成熟子として扱うべきか |
争点3 | 夫の住宅ローンの支払い(妻ら居住の物件)の扱い |
争点4 | 子どもらの学費を婚姻費用の増額事由とすべきか |
判決要旨抜粋
婚姻費用の支払い義務の始期について(争点1)
その分担の始期については,婚姻費用分担義務の生活保持義務としての性質と当事者間の公平の観点からすると、本件においては,妻が夫に内容証明郵便をもって婚姻費用の分担を求める意思を確定的に表明するに至った平成26年1月とするのが相当である
21歳の長男(学生)を未成熟子として扱うべきか(争点2)
長男については,同月時点で既に成人に達しており,また,長女についても,平成27年○月に成人に達するものの,長男及び長女ともに就学中であることに鑑み,算定表による算定に当たっては,未成熟子として取り扱うのが相当である
夫の住宅ローンの支払い(妻ら居住住宅にかかるもの)の扱い(争点3)
妻は自らの住居関係費の負担を免れる一方,夫は自らの住居関係費とともに妻世帯の住居関係費を二重に支払っていることになるから,婚姻費用の算定に当たって住宅ローンを考慮する必要がある。もっとも,住宅ローンの支払は,資産形成の側面を有しているから,夫の住宅ローンの支払額全額を婚姻費用の分担額から控除するのは,生活保持義務よりも資産形成を優先させる結果となるから相当でない。
→ 時期により3万円から1万円と、段階的に婚姻費用の分担額から控除した(ローン支払額は、89,000円→61,000円→45,000円と変遷している)
長男の学費の扱い(争点4)
奨学金の貸与を受けることを前提に、子どもらが進学することを夫が承諾していたこと、実際の奨学金受領額にて学費の大部分を支払うことができることを認定したうえで、
「算定表で既に長男及び長女の学校教育費としてそれぞれ33万3844円が考慮されていること,夫が現在居住している住居の家賃の支払だけでなく,本件ローンの債務も負担していること,長男及び長女がアルバイトをすることができない状況にあると認めるに足りる的確な資料がないこと,当事者双方の収入や扶養すべき未成熟子の人数その他本件に顕れた一切の事庸を考慮すると,長男及び長女の教育にかかる学費等を算定表の幅を超えて考慮するのが相当とまではいうことはできない」
とした。
審判についてのコメント
住宅ローンの支払いについて
住宅ローンについて、資産形成としての側面がいわれることは、よくあることです。とはいえ、実際に居住していない(他方配偶者が居住している)住宅のローンと、自分の住居費の二重支払いをしているとなると、そこにさらに婚姻費用の負担をいわれても、事実上支払いが困難なこともあります。
本件でも、住居費の二重払いを認定したうえで、当事者の公平の観点もあり、ローン支払額全額ではないにしても、その一部を婚姻費用から控除しています。このような判断の場合、支払額のどの程度の割合を婚姻費用の支払いと同視してくれるのかが重要と考えるところ、3割程度といった判断となっています。
固定費として避けがたい支払いであることが多い住宅ローンであることからすれば(支払わなければ妻子が住居を失ううえ、自分にはローン全額の請求がなされ、自己破産が不可避なこともある)、もっと婚姻費用として算入してほしいような気もします。
とはいえ、住宅ローン支払いが資産形成の側面を持つことは、否定のしようがありません。審判書では、他の争点で夫側に有利な判断をするなどして、全体のバランスを取っているようにも読めます。
就学中の子の扱いや学費の扱い
成人していても就学中の子について、未成熟子として扱ったうえで、その学費は特別な費用とはしていません。前提として、算定表では、未成熟子の数と年齢により婚姻費用の金額がある程度決まります。本件では、「未成年者の実際の数である『未成熟子1名』の表ではなく、『未成熟子2名』の表を使用するが、それ以上に学費負担などについて特別に婚姻費用を増額させる要素とはしない、という判断になっています。結論としては、算定表の採用では夫側には不利に、子どもの学費の考慮では夫側に有利な判断となっています。
成人している子を未成熟子として扱うことの是非は問題になるかもしれません。とはいえ、奨学金の受給を前提としながらも夫が大学進学を承諾していることからすれば、未成熟子として扱うことも、理は通っているように思われます。
審判の内容を受けて
現在の住宅価格に鑑みると、居住用不動産はオーバーローン(住宅ローン総額が物件の価値を越える)のことが多いところ、不動産の扱いは、財産分与でも紛争となりがちです。ここでさらに住宅ローンの支払者と居住者がズレていると、まさに婚姻費用や養育費の算定局面などで、さらに争点は多くなりがちです。本件では、夫側には全額ではないにせよ居住費の二重払いの負担が発生しています。夫側に所得が必ずしも多くない場合には、経済的に破綻するリスクも含みます。この破綻は、妻と子が居住場所を失うことも意味するものであり、夫婦それぞれに与える影響は非常に大きなものとなります。
夫婦が別居する際に、「よく話し合う」というのは非現実的かもしれません。とはいえ、住宅費や教育費の扱いは、日々発生するもので、非常に重要なものです。やはり、「よく話し合うべきもの」と言わねばならないでしょう。
補足
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