はじめに

官邸ドローン事件

 平成27年4月22日に、首相官邸の屋上にドローンが落下しているのが発見されるという事件がありました。ドローンが放射性物質と思われる物品を搭載していたといった事情もあり、センセーショナルな報道がなされました。

 また、後の捜査で、実際に首相官邸にドローンが落下してから発見されるまでに、13日の間隔があったこともわかりました。このような状況や、当時ドローンの飛行が社会問題化しつつあった経緯も踏まえて、首相官邸のセキュリティのあり方が問われるといった展開もありました。

紹介する裁判例について

 いわゆる「官邸ドローン事件」につき、現在までに刑事事件の判決が出されています(判例タイムズ1439号245ページ)。

 被告人側は無罪を主張する弁論を展開していたものの、認められませんでした。いわゆる刑法で問題にされる「論点」に関連するような主張がありましたが、結果的にはこれまでの裁判実務に従った認定がなされ、有罪が確定しています。

事案の概要

公訴事実の概要 火薬類の製造、ドローンを首相官邸の屋上に落下させたことによる威力業務妨害
裁判所の判断 威力業務妨害罪、火薬類取締法違反の成立を認めた
量刑の判断 懲役2年、執行猶予4年
争点 火薬取締法違反の成否
争点2 公務執行妨害罪の成否
争点3 故意の有無
争点4 正当行為の成否
裁判所の争点判断 弁護人の主張を容れず、犯罪成立を認める内容の認定

判決の要旨

「ドローンの落下させる行為」が「業務」を妨害するか

 本件ドローンを官邸に落下させる行為は、【中略】、何者かが政務に混乱や危害を加えるためにドローンを用いて被曝や発火爆発等を企図したとの印象を与え、本件ドローンを発見した官邸職員が、本件ドローンによる被曝や発火爆発等を恐れて、通常業務を中断し異常事態への対応を必要とするおそれが非常に高いといえることからすれば、本件ドローンを官邸に落下させる行為がBら官邸職員による官邸事務所の庁舎管理等の業務を妨害するに足りる行為と認められることは明らかである。

正当行為への該当性

 本件行為は先述のように官邸職員の自由意思を制圧して対応等を余儀なくさせる危険があるというものであって、路上で演説を行ったりビラを配布するなど代替的な表現手段があることにかんがみても、本件行為が社会通念上許されない態様であることは明らかである。そうすると、本件ドローンを官邸に落下させる行為を処罰することは、表現の自由に対する必要かつ合理的な制限として憲法上是認されるものであって、当該行為は正当行為にあたるといえず、その違法性は阻却されない。

量刑の判断

犯行の計画性、危険性

 被告人は、あらかじめ着陸目標であった総理大臣官邸の状況を下見したり、ドローンの飛行実験を行ったりしたのみならず、緊急保安炎筒を遠隔操作により自動着火できるよう改造するとともに放射性物質を含有する土砂を採取しこれらをドローンに搭載して、本件威力業務妨害行為に及んだのであって、本件犯行には高い計画性が認められる。用いられたドローンは小さくなく、発火の可能性がある緊急保安炎筒なども搭載されていたことからすれば、ドローンの落下によって、官邸職員の業務に支障をもたらすのみならず、その身体に危害を加える危険もあったといえる。

危険性の具体的評価

 もっとも、搭載されていた緊急保安炎筒は市販されていたものであり被告人により施された改造も引火などの被害を拡大するものではなかったこと、土砂に含まれていた放射線量が人の生命に直ちに支障をもたらすものとまではいえないことからすれば、人の生命や身体に及ぼす危険性が高かったとまではいえない。

犯行の社会的影響

 本件威力業務妨害行為の結果、官邸職員は実際に異常事態への対応を迫られ、現に業務を妨害されたことに加え、総理大臣官邸に搭載物を積んだドローンを墜落させるという行為は模倣性が高いものであって、一般予防の見地からもその結果は軽視できない。

動機の評価

 これに加え、本件威力業務妨害行為に及んだ動機は、原発の再稼働を阻止するためというものであるが、どのような主張であれ、合法的な政治的言論によるべきであることからすれば、その目的を達成するために本件犯行に及んだという動機に酌量すべき点は乏しいといえる。

刑の選択と具体的な量刑

 これらの犯情に照らせば、本件は懲役刑を選択すべき事案といえる。

 これに加え、被告人に前科がないこと、被告人が捜査機関に発覚する前に自首をし、その後事実関係については素直に供述していることなど、被告人に有利な情状事実が認められることに照らせば、被告人には社会内で自力更生する機会を与えるのが相当であると考え、主文掲記の刑に処した上、4年間執行猶予を付すこととした。

判決に対するコメント

犯罪の成立について

 威力業務妨害罪に関して、本件で争点になった内容は、以下のようなものです。刑法の教科書的な論点といえます。

  1. 官邸職員の職務が強制力を行使する権力的公務といえるか
  2. ドローンを落下させたことが「威力」に該当するか
  3. ドローンの落下が、業務を妨害するといえるか

 法的な判断は理屈に従って行われるため、感覚的な判断と違う結論に至ることもあります。ただし、法律は「通常人の判断基準を理論化したもの」というべきものです。このため、あえて踏み込んだ表現をすると、共通感覚から外れた判断が出るということは、予定されていません

 被告人が、発火するおそれがある物質や、放射性物質であることを示した物品を搭載したドローンを落下させたという本件の事実関係からすると、有罪判決を受けることは、避けがたかったというべきでしょう。この罪名が威力業務妨害だったかどうかというのは法的判断ですが、現在の裁判実務に照らすと、同罪への該当性は肯定されるものだった、ということになります。

正当行為について

 刑法には、「正当行為」という論点があります。例えば、外科手術が傷害罪に該当しないのは、疾病の治療のための正当行為であるからとされます。他にも、「正当防衛」という一般的に馴染みのある概念についても、正当行為の領域の話です。正当行為に該当すると、犯罪に該当し得る行為についても、無罪となることが原則です。

 本件では、ドローンの飛行が正当行為に当たるという主張もなされていたようです。とはいえ、正当行為の範囲は狭く、典型的な正当業務行為といった場合でないと、認められることはあまりありません。