目次
事案の経過
注釈
本記事は、平成30年5月25日時点で報道されている情報などにより作成されています。
事案の経緯
平成30年5月6日に、日本大学と関西学院大学のアメリカンフットボール部による定期戦が行われました。
この試合中、日本大学の選手が、プレー外の関西学院大学の選手に対して、後方からタックルを行いました。録画されていた映像などから、このタックルが故意によるものではないか、このプレーには日大監督などの指示があったのではないかという見方が広がり、広く耳目を集めるに至りました。
平成30年5月22日までに、被害者の選手側が、被害届を提出する方針を明らかにしました。これを受けてか、加害者とされる選手が実名で顔を出した会見に臨みました。その席で、加害者とされる選手は、監督やコーチから指示があり、悪質なタックルを行ったと発言しました。
他方、平成30年5月23日には、前日大アメフト部監督とコーチが会見し、反則の指示はなかったと否定しています。日大内部では、選手と(前)指導者側の言い分は異なっている状況です。
まず雑感
SNSの普及や、動画共有の方法が容易になったなどの事情により、社会的な耳目の広がり方が変わっていると感じます。加害者側である日大としても、被害者側である関西学院大学としても、今回の件がここまで注目を集めるとは考えていなかったのではないでしょうか。
そして、日大が公式の会見を行う前の段階で、20歳の若年者が顔を出して質疑応答に答えるという、およそ考えらないような異常な展開を見せています。加害者本人に対する同情論が広がる中、事案がどのような経緯をたどるのかは、まったく予想できない状況といえます。
事件についての弁護士的考察(刑事手続編)
この事案では、被害者側が警察に被害届を提出したようです。今回の事件が注目を集めていることや、状況が悪質に思われることからすると、警察としても迅速に対応する必要があろうかと思われます。
今後、関係者から任意の取り調べを行うなどして、実際に刑事事件として起訴などするのか、起訴するとすれば、誰を起訴するのかということを決めていくものと予想されます。
刑法の原則の概観
刑法などで規定される犯罪が成立するためには、以下の要件が満たされることが必要とされます。
- 構成要件に該当する行為であること
- 違法な行為であること
- 有責であること
1は、法律が定める行為に該当しなければ、犯罪になり得ないということです。
2は、行為が法規範に反している、ということを指します。
3については、「故意または過失が認定されること」と近い意味といえます。
正当行為かどうかの問題
スポーツでは、激しいプレーが行われることが常です。アメフトもそうですし、ボクシングなどは、端的に相手の顔を殴っています。他にも、例えば外科医の開腹手術は、明らかに他人の身体を傷つけています。
こうした行為は、暴行罪や傷害罪の構成要件に該当すると考えることが自然です。
刑法第204条(傷害)
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
刑法第208条
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
しかし、これらの行為は、通常は犯罪になりません。なぜならば、これらの行為は、「正当行為」に該当すると理解されているためです。
第35条(正当行為)
法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
「正当行為」の意味は、言葉からイメージされることと大きく違わないものと考えます。競技にもよりますが、スポーツであれば、激しいぶつかり合いは、当事者がはじめから予定しているものです。医療であれば、開腹手術を行うのは、患者を傷つけるためではなく、病気などから救うためです。
そのような理由がある以上、「法規範に反した違法な行為である」という評価は受けない、ということです。
スポーツでもすべて許容されるわけではない
しかし、例えばスポーツの競技中の「傷害のような行為」が、すべて許容されるわけではありません。反則の範疇に収まらない悪質な行為であれば、犯罪が成立することは、当然ありえます。スポーツの名を借りた加害行為であれば、むしろ悪質性は高いといえます。
このように「正当行為」に該当するかどうかは、個別具体的な判断が必要なものです。
今回の特殊事情
今回の事案では、加害者とされる学生が、自ら「加害目的でタックルした」と発言しています。
このように発言している以上、正当行為に該当するかどうかについては、そこまで神経質に考える必要もないように思われます。
監督やコーチに責任が及ぶか
加害者とされる学生は、いわば加害行為を自白した状況といえます。成人男性でもあり、警察や検察が刑事訴追しようと思えば、不可能ではないと考えます。
しかし、本件が社会的な耳目を集めた理由は、加害行為につき、監督やコーチの指示があったのではないかと思われているためです。これらの直接加害行為に及んでいない、加害者の背後にいる人達を処罰することがありうるのでしょうか。
共犯などに該当するか
刑法上、直接犯罪行為に及んでいない者も、処罰対象になることがあります。典型的には共犯事案です。計画に加担していれば、共謀共同正犯として、加害者と同一の犯罪が成立します。
第60条(共同正犯)
二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。
しかし、共犯の立証は、容易ではありません。口裏合わせにより共犯の立証が困難になってしまう事案は、いくらでもあります。
事案の性質からみる、刑事事件の難しさ
本件の事案の特徴からしても、刑事事件とすることには、いろいろな困難があるように思われます。
一つ目は、スポーツ中の事件であるということです。「故意の事案である」と加害者本人が言っているにせよ、激しい接触が予定される競技につき、いかに悪質な内容であるにせよ、反則を犯した者を刑事訴追してよいのかという問題があります。
二つ目は、学生スポーツであるという点です。部活動を教育の一環であると考えれば、本件を警察が捜査することは、教育に捜査機関が介入するという捉え方も可能です。
このような事情などからすると、警察がどこまで本気で事件化するかは、何とも言えないところです。
事件についての弁護士的考察(民事手続編)
本丸は民事ではないか
私は、今回の件の本丸は、民事の損害賠償請求になるのではないかと思っています。
警察がどのような対応をしたとしても、被害者の学生からは、加害者側に対して損害賠償請求権が発生しうるものです。
そして、国家権力の刑罰権の発動のために立証に高いハードルが設定されている刑事事件に比較して、民事事件の場合、立証はそこまで厳格には求められないともされています。
想定される構図
民事の請求の場合、被害者側が加害者側を提訴することになります。加害者側に監督やコーチが含まれる場合、以下の3者構造になることが予想されます。
- 被害者の学生(原告)
- 加害者の学生(被告1)
- 監督やコーチ(被告2)
原告は、加害者側それぞれに損害賠償請求を行います。他方、加害者側内部では、責任の所在が争点になると思われます。要するに、加害者側は一枚岩ではありません。
このような事案では、通常は、被告1と被告2には別の弁護士がつき、それぞれの主張を行います。
裁判の展開(一般諭)
現在の訴訟実務では、裁判になった場合でも、和解により解決を図ることが多いものです。
和解の場合は柔軟に条項を決めることができ、「和解内容について口外しない」という条項も盛り込むことができます。今回の件は、特に日大にとっては明らかにイメージダウンに繋がるものです。そうなると、強硬な主張を繰り返す戦略もありうる一方で、口外禁止条項を盛り込むことにより和解成立としてしまう戦い方にも、メリットはあります。
しかし、例えば被害者が、中立の裁判官による判断を求めたいと希望するなどの状況になれば、和解は不可能です。和解は強要できるものではないためです。
そのような場合は、判決により、裁判官による判断がなされることになります。
裁判官の判断はどのように行われるか
裁判官は、訴訟上確定された事実関係をもとに、争いがある部分については、当事者の主張を総合的に評価して判断します。この際には、「当事者の発言などの信用性」が問題となります。
この信用性を評価する際には、例えば、以下のような要素が考慮されるといわれています。
- 発言内容に具体性があるか
- 発言内容に迫真性があるか
- 発言内容が客観的な証拠と符合しているか
現在までに報道されている情報に照らすに、何が真実であるか、勝負は既についているようにも思われます。とはいえ、人の記憶は移ろいやすいものですので、ある個人の発言すべてが真実を映しているとも断言できません。
このような判断においては、専門家である裁判官の能力に期待することになります。