目次
はじめに
本記事について
本記事は、平成30年4月24日時点の情報により作成されています。
本記事は、NEMの流出事件を起こしたコインチェック社に対する訴訟事件について推測しています。ただし、訴訟記録を見たわけでもないため、憶測の内容を多く含みます。
どうかご了承ください。なお、事件については、時系列に沿って、以下の記事で記載しています。
事件の経緯
平成30年1月26日(金)に、仮想通貨の取引所を経営しているコインチェック社が、悪意あるハッキング被害に遭っていたことが判明しました。この結果として、多額の仮想通貨の「NEM」が流出しました。被害額は、当時の評価額で、約580億円ともされています。
この被害が判明した直後より、コインチェック社による仮想通貨の取り扱いが停止しました。利用者は、NEMはもちろん、それ以外の仮想通貨や法定通貨の取り扱いも不可能となりました。
その後、速やかに被害者団体が立ち上がり、コインチェック社に対する仮想通貨の返金訴訟などが提訴されているとのことです。
訴訟の位置づけ
今回の訴訟には、「仮想通貨の取引所に求められるセキュリティがどの程度であるか」という論点が含まれるように解されます。そうであるならば、今後同種事件が起きた場合の基準として、重要な事案になるように解されるところです。
裁判の目的(推測)とその後の動き
訴訟の内容で掲げられていたもの
報道などによると、コインチェック社に対する請求で掲げられている内容は、以下のもののようです。
- 預けていた日本円の出金
- 仮想通貨そのもの(NEM)の返金
- 取引停止されたNEM以外の仮想通貨の返金
- 仮想通貨が下落したことによる損害
NEM流出後の事件の動き
事件の後、コインチェック社より数度のアナウンスがあり、結果的に、以下の内容が実現しました。
- 日本円の出金再開(H30.2)
- NEMの日本円による補償(H30.3)
- NEM以外の仮想通貨の出金再開(H30.3~4)
コインチェック社についての動き
コインチェック社は、今回の事件などを踏まえ、2度の業務改善命令を受けました。
その後、平成30年4月になり、マネックスグループの子会社となることが発表されました(訴訟の継続には影響ないでしょう)。
裁判での争点について
消えた争点
事件後の動きにより、以下の争点が消えたものと解されます。
- 日本円の出金
- NEM以外の仮想通貨の出金
残っている争点
以下の争点は、残っていると解されます。裁判上での解決が求められる争点と考えます。
- NEMの補償
- 仮想通貨が下落したことによる損害
- その他(後述)
訴訟事件の動きに関する推測(憶測)
コインチェック社には過失があったのか
そもそもの問題として、今回の流出騒動につき、コインチェック社に落ち度(過失)があったのでしょうか。過失が「ない」とされた場合には、訴訟上の請求は、まず認められないものと解されます。
この点については、以下の内容が重要であると解されます。
- コインチェック社は、仮想通貨をホットウォレットで管理していた
- コインチェック社は、マルチシグを実施していなかった
私には、技術的なことはよくわかりません。とはいえ、わからないなりにあえて要約してみると、インターネットに接続した環境で顧客の預り金を管理していたうえ(ホットウォレット)、その管理のための「鍵」が単一で、流出のリスクが高かった(マルチシグでなかった)、ということのようです。
このような状況を放置していたコインチェック社につき、仮想通貨管理において「過失」が認定されるかどうかが、主要な争点となると解されます。
私見
ホットウォレットによる管理や、マルチシグを実施していなかったことにつき、法的な重みづけがどうなるかは、よくわかりません。とはいえ、報道などによる限り、コインチェック社の資金管理は、技術者からみると、かなり杜撰だったことも指摘されています。
とすると、今回の流出につき、コインチェック社の過失が認められる余地はあるように思われます。きっと、業界に詳しいIT技術者の尋問などが行われて、そのうえで判断されるんだろうなぁ、などと推測しています。
NEMの補償は充分といえるかどうか
NEMの補償の状況
流出したNEMについては、日本円による補償が実施されています。ただし、NEM自体の返還は実現していません。
また、補償額については、流出時の時価額そのものではなく、少ない金額でした(1月26日最高値:1NEM約100円、補償額:1NEM約88円)。これは、流出事件発覚後にNEMの価格が下落していた中で、概略、流出時から補償方針決定時までのNEM価格平均で補償額を算定したとの事情によります。
このような補償により、被害回復がなされたかどうかという点については、評価が分かれるものでしょう。よって、補償が充分であったかという点は、主要な争点として残っているように解されます。
補償をめぐる関連事実
補償が実施された際、NEMの時価額は、ピーク時から比較すると大きく下落していました(3月12日最安値:1NEM約38円)。このため、補償により得られた日本円によりNEMを購入した場合、流出した以上のNEMを取得することができました。
他方、国税庁の見解によると、流出したNEMの補償金は、これが取得額よりも高額であるという場合には、原則として差額分が雑所得に該当します。すなわち、コインチェック社からの返金により、日本円で得をした場合には、課税対象となります。補償を受けた人からすれば、「得をしたかもしれないが、意図しないタイミングで課税取引を強いられた」という状況になります。
このように、金銭評価においては、いろいろな解釈が可能な状況ではあります。とはいえ、一義的には、「コインチェック社の仮想通貨管理に過失があったという場合に、同社の補償方針が必要充分だったかどうか」という評価を行うということになるのでしょう。
私見
価格が変動する財産につき、現物で返還できないとなれば、金銭評価が必要になります。コインチェック社が採用した手法は、おそらくは、株式や金などの、近い事案の裁判例などを参照した補償額決定方法であろうと思われます。
価格が変動する資産につき、平均値により評価を定めるという方法自体は、それなりに合理的と解されます。ただし、後述するように、「仮想通貨の下落自体が今回の騒動に起因する」と評価された場合には、補償として不充分とされる余地があろうかと思われます。補償価格が引き下げられた、一種の自作自演のようになるためです。
仮想通貨が下落したことによる損害が認められるかどうか
騒動と下落相場の因果関係
NEMの流出があった時期近辺で、仮想通貨市場は縮小しています。平成29年12月ころのピーク時から比較すると、多くの通貨の評価額が下落しています。
この下落相場の形成に、コインチェック社の騒動が由来しているという可能性は、理論上はありえます。
下落相場で何らの対策もできなかった
多くの仮想通貨が下落していた中、コインチェック社に仮想通貨を預けていた顧客は、それらを売買することができませんでした。下落相場において、保有通貨の価値が下がるままに、何らの対策もできなかったということになります。投資をしている人が、自身の希望する投資行動をできなかった結果、損害を受けたという可能性は、理論上はありえます。
私見
直観的には、通貨が下落したことに関する請求は、厳しいように思います。世界的に見て、日本では仮想通貨取引が盛んです。ただし、世界中で仮想通貨取引が行われていることも事実です。また、シェアは大きいようですが、コインチェック社だけが仮想通貨を取り扱っているわけでもありません。そして、仮想通貨の価格変動が激しいことは、周知の事実です。
この価格の下落につき、特定の取引所が起こした事件に帰責させることは、難しいように思われます。「金融商品の価値がある程度変動することは当然のこと」という前提で、「事件と損害につき、因果関係の立証がなされていない」というような評価が予想されるところです。
なお、この請求についての結論は、上記の「NEMの補償が充分かどうか」という論点にも影響を与えると思われます。
その他(慰謝料)
事件による精神的苦痛
コインチェック社の事件により、精神的苦痛を受けたという主張がありえます。NEMの補償についても、流出から実施まで1か月以上がかかったこともあり、この請求が認められる可能性は、ありうるでしょう。
ただし、精神的苦痛の金銭評価である以上、どうしても低額になるものです。何ともいえませんが、10万円単位になればかなりいい方、というところではないでしょうか。
まとめ
コインチェック社によるNEMの流出事件は、その流出額や、仮想通貨という実体の見えにくい商品に関する事件であったとの事情からか、非常に大きなインパクトがありました。
ただし、以下の事情などにより、「巨額の消費者被害事件」という展開は避けられたように思います(仮想通貨の下落に関する損害の判断によっては、この評価も変わってきますが)。
- コインチェック社が巨額の補償に応じるだけの資金を用意できた
- 日本円や他の仮想通貨については、すべて出金できた
結果的には、訴訟で求められている請求については、現在までにその多くが解決したものと解されます。
とはいえ、処分できない状況で仮想通貨が下落したことや、望まないタイミングでNEMを日本円に換価させられたという点については、法的評価が求められるものといえます。
なお、上記の請求は、率直なところ、請求としては厳しいようにも感じられます。とはいえ、これ以上の評価は、訴訟記録も確認しない状況では不可能ですので控えます。
この点については、また新しい情報が入り次第、追記したいと考えています。