判例紹介・遺言書本文には署名のみで押印がないが、契印のある遺言書を有効としたもの(東京地裁H28.3.25判決,H27(ワ)15323号)

はじめに

 相続事案で、亡くなられた方(被相続人)の遺言書が残されているケースがあります。この遺言書が自筆で自宅に保管されていたような場合(自筆証書遺言)、この有効性が争いになることがあります。自筆証書遺言が成立するためには、いくつもの厳格な要件があり、法律上無効になることもしばしばあるためです

 有効な遺言書として成立するための要件は、以下のとおりです(民法968条1項より)。

  1. 全文を自書する
  2. 日付及び氏名を自書する
  3. 遺言書に押印をする

紛争の背景

 今回紹介する裁判例では、遺言書自体には押印がありませんでした。ただし、①2枚ある遺言書のうち、この連続を証明するための「契印」が実印にて押されていました。また、②遺言書が封筒に入っていて、その綴じ目に、遺言者の実印と思しき印鑑がありました。他方、裁判所で遺言書の確認を行う「検認」という手続時には、封筒には封がされていませんでした

 このような状況下で、遺言書の有効性が争われた事案となります(判例タイムズ1431号214ページ)。

事案の概要

争点 遺言書の有効性
遺言書の種類 自筆証書遺言
遺言書の状態 本文中に押印なし
押印に関する事情1 契印あり
押印に関する事情2 封筒の綴じ目に押印あり
押印に関する事情3 裁判所の検認時、封筒に封はされていなかった
結論 遺言書として有効である

判決要旨抜粋

契印の取り扱いについて

 我が国一般の慣習に照らすに複数枚の文書が作成される際に,必ず契印が押捺されるものとは認められないのであって,契印が押捺されるのは,契約書や遺言書などの重要な書類を作成する場合において,その一体性を確保し,後日の差し替え等を防止するためにあえて行われるものと認められる。

 そうすると,遺言者が本件遺言書の作成にあたり最後に2枚の用紙を綴じ合わせて本件契印を押捺したことは,遺言者が,本件遺言書の重要性を認識した上であえて契印をしたものと考えられるから,これにより遺言者が本件遺言書を完成させたという事実を十分に示しているということができる。

遺言書の有効性について

 本件契印は,第一義的には本件遺言書の1枚目と2枚目の一体性を確保する意義を有するものであるが,これは同時に本件遺言書が完成したことを明らかにする意義も有しているといえるから,本件契印は(中略),民法が自筆証書遺言の方式として遺言書に押印を要求する趣旨を損なうものではないと解するのが相当である。

封筒の綴じ目の押印について

押印の状況について

 不鮮明であるといわざるを得ず,遺言者の実印によるものとみて矛盾は認められないものの,遺言者の実印によるものと認定することはできない。

封筒に封がされていなかったことについて

 本件遺言書と本件封筒が一体のものであるとは認められず,本件封印をもって,本件遺言書の押印を代替し得るものであると認めることはできない。

判決についてのコメント

契印の評価について

 契印が押された事情を認定して、遺言を完成させようとした遺言者の意思を推認しています。そのうえで、遺言書に押印を求めている趣旨に立ち返って、有効性を認定しています。故人の意思と法律の趣旨を照らしたうえでの判断であり、説得的であるように感じられます

 他方、検認時に封がされていなかった以上、封筒に印影があったとしても、その事情で有効だと認めることができなかったというのも、無理からぬ判断と感じられます(封筒にあった印影自体も不鮮明だったようです)。

過去の裁判例との比較

 実際には、自筆証書遺言の有効性の判断は、相当程度厳格なものです。似たような事案を比較すると、以下のようになります。

裁判日 結論 事情1 事情2
H6.6.24最高裁第二小法廷(家月47巻3号60頁) 有効 遺言書本文には押印なし 封筒に署名押印あり(検認時に封あり
H18.10.25東京高裁(判タ1234号159頁) 無効 遺言書本文には押印なし 封筒に押印あり(検認時に封なし
H28.6.3最高裁第二小法廷(判タ1428号31頁) 無効 遺言書に押印なし 花押あり
H28.3.25東京地裁(判タ1431号214頁)(本件) 有効

遺言書本文には押印なし、2枚の遺言書に契印あり

封筒に押印あり(検認時に封なし、押印は不鮮明)

本判決の実務的な意義

 遺言書の有効性の評価となると、どうしてもモメることが避けにくいところです。遺言書の有効性いかんで、取得できる遺産額が遺留分まで制限されるか、立場によってはゼロとなるかなど、影響が非常に大きいためです。本件は、遺言書が有効になったということで、遺言者の意思は残せたように思われます。とはいえ、その確定までに発生した親族間のトラブルは、重かったものであると想像されます。

 このため、結局、遺言書を作成する際には、公証役場で公証人に作成してもらう、公正証書遺言によるべきと解されます。

まとめ

  1. 自筆証書遺言の作成の際には、注意が必要
  2. 本件では契印でも遺言書を有効としたが、すべて一般化できる判断でもない
  3. 遺言書が入った封筒の封は、裁判所の検認まで開けてはいけない
  4. 遺言をする際には、公正証書遺言とすることが無難である

補足

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