判例紹介・交通事故で14級の後遺障害認定の80歳男性の家事労働の金銭評価を割合的に行った事案(名古屋地裁H28.9.30判決(H27(ワ)3612号))

はじめに

家事労働の金銭評価について

 交通事故で仕事を休んだ場合には、休業損害が認められます。また、後遺障害が残存した場合には、前年の所得などを参照して、失われた労働能力に対応した損害額(得べかりし利益ということで、「逸失利益」といわれます)が、損害として認められます。

 また、専業主婦の方の場合に典型ですが、家事従事者についても、逸失利益が算定されます。この場合、家事労働の金銭評価を行うため、裁判所の基準では、女子の平均賃金が参照されることが通常です

家事労働評価の問題点

 家事労働の評価を行う場合には、以下のような問題が生じます。

  1. 女性平均賃金は、自賠責保険の家事労働の損害日額評価の2倍近くの金額になる
  2. 女性平均賃金は、実際の女性の平均所得と比較して、高額になりがちである
  3. 2の事情より、家事労働の日額評価が高額になりがちである
  4. 家事労働の場合、いつどれだけ労働不可能だったのか、評価が難しい

 1~4のすべての事情が、「家事労働の損害額の評価に幅が生まれやすい」という状況を招きます。被害者側は上限値で、加害者側は下限値で主張を展開することが通常ですので、家事労働の休業損害などの項目で、100万円単位の主張の相違が生まれることも、珍しくありません

 結局、家事労働の金額評価は、統一的な答えが得にくい問題です。このため、手続の中で和解することができないと、裁判官の判断を仰ぐほかないところ、その認定も予測することが容易ではないものです。

紹介する裁判例について

 今回紹介する裁判例は、80歳の高齢の男性が家事従事者であると主張した事案です(自保ジャーナル1988号61ページより)。

 家事労働の基礎収入につき、年齢、家族の状況、事故後の受傷状況等から、70歳以上の女性の平均賃金の30%を基礎収入として、通院日数のうちの50%が休業期間であると認定しています。

事案の概要

事故日 H26.11.19
事故態様 交差点歩行中の歩行者と右折自動車との衝突
入通院期間 約7か月の通院
主張された症状 右肩関節痛、右肘関節痛等
機構による後遺障害の認定 併合14級
裁判所の認定 併合14級
その他の認定 70歳以上の女性の平均賃金の30%を基礎収入とした
その他の認定2 休業日数を通院日数の50%とした
その他の認定3 歩行者である被害者の過失を0とした
考慮要素 被害者は、80歳の高齢男性である(基礎収入の認定)
考慮要素2 視力障害があるとされる同居の被害者長男の家事参加状況は不明(基礎収入の認定)
考慮要素3 被害者につき、各種検査で異常所見が認められず(休業日数の認定)
考慮要素4 「受傷から約4か月間日常活動動作の困難を認めた」とする医師の診断書を重視せず(休業日数の認定)

判決の要旨

基礎収入の算定根拠(同居の長男の状況)

 被害者の長男は、(左)糖尿病網膜症を患っており、平成21年11月27日、網膜光凝固術を受けたこと、平成26年2月4日まで、眼科に通院し、両糖尿病網膜症、両近視性乱視、両結膜炎、両ドライアイ、両黄斑部浮腫の疑いと診断されたことが認められる。一方、同長男の視力低下は、一時的なものであり(被害者本人の陳述)、同長男は、本件事故当時、夜間であるにもかかわらず、30分くらいの距離を誰の介助もなく徒歩で帰宅し、その際、視界の不安等はなかったこと(被害者本人の陳述)、同長男が家事を行わない理由は明らかではないこと(被害者本人の陳述)が認められる。

基礎収入の算定根拠2(被害者の家事の担当範囲)

 被害者が、視力に障害のある長男のために食事の用意、掃除、洗濯等の家事労働を一定程度行っていたと推認されるものの、同長男が日常の家事を行うことが一切できなかったか否かは明らかではないから、被害者の家事労働の範囲は限定的なものといわざるを得ない。

具体的な基礎収入の認定について

 被害者の年齢(本件事故当時80歳)及び性別等を考慮すると、被害者の家事労働分の基礎収入額は、賃金センサスの平成26年度の70歳以上の女性の学歴計の平均賃金319万1,900円の30%相当額である95万7,570円と認めるのが相当である。

具体的な休業日数について

 労働能力喪失期間は、前記認定のとおり、被害者は、平成26年11月19日(本件事故の日)、B病院を受診したが、赤みや腫れ等の他覚所見は特になく、消炎鎮痛薬を処方されたのみで、NCV(誘発筋電図検査)、CT撮影、MRI検査を受けたが、異常所見が認められず、受診時の症状より、家事等日常生活に制限はないと考えられたことが認められるから、日常の労働能力の制限の程度は必ずしも明らかではない。したがって、少なくとも症状固定日までの通院の際は、半日程度の休業が必要であったと推認され、実通院日数の50%相当分と認めるのが相当である。

歩行者である被害者の過失割合について

 詳細略、道路の形状や事故態様に照らして、加害者が主張した被害者の過失(1割が主張された)を、認めなかった。

判決に対するコメント

基礎収入及び休業期間の算定について

 本件は、家事従事者として被害者が認められるかどうか自体も争点となっているものでした。80歳の高齢男性で、同居の長男の眼の病状も不明確となれば、家事従事者として認定されないリスクもありえたと解されます。

 裁判所の認定とすれば、「家事従事者としては認めるが、年齢などの事情から相応に所得額は低いものとする」というものでした。一方で、休業日数については、通院日の半分としています。これは、通院していた日は、半日程度は家事が難しかっただろう、という評価のようです。14級の後遺障害が認定されていることからすれば、説得力のある判断であるように思われます。

 全体としては、「所得を低く、休業期間を長く」ということで、金額的なバランスを取っている判断のように解されます。裁判所の認定方法として、同種事案でも参考になるものと思われます。

医師の所見について

 「受傷から4か月は日常生活動作に困難があった」という趣旨の、裁判前に作成された医師の診断書は、裁判ではあまり重視されていません。裁判になると、裁判所から主治医や他の医師に対して改めて意見照会がなされることがあります。その意見と従前の診断書の内容が食い違っているなどの場合には、従前の診断書の記載が採用されないリスクもあります。

 医師としても、裁判まで見越して診断書を作成しているわけではありません。相当因果関係の判断などで紛争が先鋭化すると、複数の医師がいろいろな意見書を作成し、その結論はばらばら、ということもしばしばあります。結局、裁判所としては、そのような資料を検討して、結論を出すことになりますが、その場合は、採用されない意見書も出てくることは当然にあります。

 このため、交渉ベースと裁判で加害者の保険会社の対応姿勢が硬化した場合には、「医師の診断書があるから万全」ということにはならないことに、注意が必要です。

認定内容一覧表

  請求額(円) 認定額(円)
治療費 882,977 870,907
交通費 4,896 4,896
休業損害 1,665,908 136,420
傷害慰謝料 1,561,200 710,000
後遺障害慰謝料 1,200,000 1,100,000
後遺障害逸失利益 690,966 130,382
小計 6,005,947 2,952,605
既払金 ▲1,200,000 ▲2,320,907
弁護士費用 511,504 60,000
合計 5,287,451 691,698

補足

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交通事故

平成27年ころ以降の交通事故判例