判例紹介・不貞に及んだ配偶者の婚姻費用請求につき、養育費相当額にて認めた裁判例(大阪高裁H28.3.17決定,H28(ラ)38号)

はじめに

 離婚事件で、別居中の金銭支払い義務である「婚姻費用」についてモメることがよくあります(多くの場合、夫から妻への支払いとなります)。この金額を確定する際に、家庭裁判所の調停や審判では「算定表」という表を用いて、所得状況から客観的に金額を決めることが通常です。

 ただし、婚姻中に支払われる「婚姻費用」と、離婚後に子どものために支払われる「養育費」では、算定表が違います。具体的には、妻の生活費相当額の有無があるため、婚姻費用の方が、養育費より高くなります

 離婚する場合、通常、「離婚原因」があります。ここで、不貞に及んだなど、婚姻関係破綻につながる行為をした配偶者が婚姻費用の請求をしたとして、自分の生活費分の支払いが認められるのか、という論点が発生します(「妻の不貞」という事情がある場合が典型です)。心情的には、支払義務者(夫のことが多い)としては支払いを拒絶したいところですが、審判などで残る事例は、あまり多くありません(実際には調停である程度のところで解決してしまうことが多いと解されるため)。

 このような事案につき正面から判断した決定が、判例タイムズ1433号に掲載されていたため、簡単に紹介します。

 なお、決定書などの内容につき、当事者の表記を、便宜上、「夫」「妻」などとしています。

事案の概要

婚姻期間 約17年と解される
別居時期 H27ころ
子について 未成年子3人(妻と同居)
別居期間 審判時点で約2年
婚姻費用請求の方向 妻→夫
争点1 婚姻費用支払い義務の有無
争点2 不貞関係の有無
争点3 不貞に及んだ配偶者の生活保持義務の有無
特記事項1 妻にはH21ころから精神疾患あり
特記事項2 精神疾患を認識しながら、H25ころから夫婦は同居していた
原審の判断 不貞関係を認定せず、算定表通りの婚姻費用の評価とした
本決定の判断 不貞関係を認定し、養育費の算定表による評価とした

判決要旨抜粋

婚姻費用の支払い義務について(争点1)

 妻の精神疾患や、それを認識しながらの夫婦の同居を認定し、

「不貞関係があったからといって,直ちに妻の本件婚姻費用分担請求が信義に反しあるいは権利濫用に当たると評価することはできない」

 とした。

不貞関係の有無(争点2)

 夫と妻が平成25年に再度同居した後,妻は本件男性講師と不貞関係に及んだと推認するのが相当であり,夫と妻が平成27年×月に別居に至った原因は,主として又は専ら妻にあるといわざるを得ない。妻は,上記不貞関係を争うが,妻と本件男性講師とのソーシャルネットワークサービス上の通信内容(乙4,5)からは,前記のとおり単なる友人あるいは長女の習い事の先生との問の会話とは到底思われないやりとりがなされていることが認められるのであって,これによれば不貞行為は十分推認されるから,妻の主張は採用できない。

不貞に及んだ配偶者の生活保持義務の有無(争点3)

 妻の夫に対する婚姻費用分担請求は,信義則あるいは権利濫用の見地から,子らの養育費相当分に限って認められるというべきである。

審判についてのコメント

不貞関係の有無について

 SNS上のやり取りにより、不貞関係を認定しています。このようなやり取りだと、かなり赤裸々なやり取りがなされることもあるため、当時の事実関係がリアルにわかります

 従来は、後になって不貞を立証しようにも、過去のやり取りを証明することには困難が多く、「否定したもの勝ち」という側面もありました。他方、スマートフォンや家庭用PCが普及している現在は、過去のやり取りの履歴を確保することは、そこまで困難ではありません。(原審の判断は異なりましたが、)具体的なやり取りの状況が明らかになったことで、裁判所としても過去の不貞を認定しやすかったものと解されます。

不貞に及んだ配偶者の生活保持義務の有無について

 「信義則の見地」からという表現で、不貞に及んだ妻の生活保持義務を否定しています。「不貞しておいて何で生活費を請求しているんだ」という感覚を法的に引き直したものといえます。

 とはいえ、戸籍上夫婦である以上、原則は生活保持義務があります。決定を読んでも、不貞行為から無条件に生活保持義務を否定したとは解されません。「別居になるなど、婚姻関係を破綻させた事情が不貞当事者側にある」という認定が必要なため、不貞に至る事情によっては、生活保持義務が認められることもありえるように思われます。

 また、不貞した側の生活状況いかんによっては、「減額するとしても、養育費相当額までとはしない」という判断もあると思われます。

決定の内容を受けて

 婚姻関係破綻に至るまでの事情が、配偶者の一方ばかりにあるという状況は、実際には考えにくいものでもあります(そのような裁判所の認定は、必ずしも得やすいものではないように思われます)。このため、本件のような判断をどこまで広く期待できるかというと、読みにくいところです。また、婚姻費用の金額でモメて調停に時間がかかると、時間的にも精神的にも負担が大きくなります。

 実際には、本決定のような趣旨を調停に落とし込み、調停にて早期に適正な婚姻費用の合意ができることが理想と考えます。

補足

 以下のページも、よろしければご覧ください。

離婚

離婚等に関する裁判例